短編

□橘鳥とて明智なり。
1ページ/1ページ

 女の身を恨もうとも憎もうとも、ただ、その思いを書けば文学となるとおじさんはいった。

 私はおじさんのような才能などもっていないのに。だめだ、だめだ。私は千代女のように悠長な命なんて持っていないから。書けないから、書けない。書けてもダメ。下手なんだ。

 書けば、文学、だなんて嘘。それならば、私の綴り方がどうして選ばれたんでしょう。
皆、同じものでしょう。そりゃ、上手い下手はありましょう。でも、結局は好み。人の好み。嫌いか好きにございます。お偉い先生が好きであれば上手い。お偉い先生が嫌いであれば下手、落選、にございます。簡単なお話。なんという何とも言いようのない合理的なえこひいき。先生は私の綴り方の何処を好きになられたのだろう。なんとなく、わかる。私の文章で好いたところ、それは子供独特の無邪気さ、優しさ。物わかりのよい、大人が書いてもそれは偽善の文章、偽善の物語となるのでしょう。男が処女を好むのは物わかりのよい大人じゃないから。そうして、自分の世界へと少女を引き込み、大人の女にするのでしょう。生憎、私は処女の少女ですが、ひどく淫らな世界、文章に憧れ焦がれます。いけない妄想もします。人並みに、ですけれど。汚い思考にございます。それでも、現実の世界で男の人に手さえ掴まれでもしたら私は、それこそ気が狂うかもしれません。ヘドが出る。気が狂いやすい女でごめんなさい。

 この前、近所の奥様、働き者の姑が亡くなった直後にとある弾みで発狂。私は彼女を見て、軽蔑いたしました。絶対にあのような姿にはなりたくないと心に決めました。だから、気が狂いやすい女であって、気なぞ狂いやしないのです。気が狂ったらさぞかし楽でしょうけれど、狂えぬものは狂えぬ。そういうものにございます。

 最近は、書けぬものを無理矢理書いております。いいえ、嘘を言いました。
 正直を言いますと、今もこうして深夜に一人、人目を避け布団の中で書いているように、私は文章を書くのが好きにございます。好きでなければ、やるべきこともやらず命を費やし、書いてなんていられるものですか。それなのに、一向に私の文学は面白くありませぬ。駄文、とでも名付けましょうか。いや、名付ける程のこともない文章です。でも、やはり名前があった方が何かと便利かもしれない。
 こんなちっとも面白くもない文章を何回も書くのなんかやめてしまえと思ったのです。実際、早くこんな何の役にも立たぬ行為に現を抜かすだなんてダメなこと。いけないこと。それなのに。私は書くしかないのです。頭の中で嘲笑嘲笑。顔は一向に、笑えませなんだ。悲しいことです。

 頭と顔が一致しない。一番ご近所なのに、いさかい合い争い合い騙し合い軽蔑し合い、それでも一生灰と化し骨になるまでご近所で、引っ越しも出来ないだなんて、どちらか先に死ねばいい、くたばれくたばれと言い合う。くたばるのはどうせ一緒なんだから、仲良くしたらいいのに。彼女達が悪いわけではない。外の世界が悪いんだ。仲良くさせてくれない。二人は仲互いをするのが当然だと思って対処して、そうして二人が仲がいいと馬鹿だとか愚図だとか醜いとか偽善だとか世界が言う。素直に生きていたい。それが叶わぬのが、この世の条理だとかいう。それが許されるのは子供だという。頭と顔の仲のいい処女を好み、それでいて、自分は顔と頭の仲が悪いのだ。なんという言いようもないご都合えこひきでしょう。他の町内の顔なんて知らない。それでも目に入り、目に入り、目が怖くなる。人なんて、なんて恐ろしい。書けない、こんな駄文を見せられない。見たら、私が恥じるだけのこと。
 それでも私は文章を心に浮かぶ通りに文字にして書きうつす。その作業が楽しいのです。
 でも強制でやらされたらきっと私は嫌になる。すぐにやめてしまうだろう。何にでもそうだけど強制はよくない。なにしろ、やる気が皆無になる。結果、楽しくない。私は何より楽しいことが好きです。楽しくないことは嫌いだ。やってて嫌になる。吐き気を催しはしないもののワッと泣きたくなってしまう。

 先生はあの子の想いこもった文章を容赦なく切り捨て破り捨て燃やし、それでいて、自分の文章をここぞとばかりにあの子につきだしてきた。先生、先生、先生。あんまりだ。それこそ楽しくなんかない。ワッと泣き出す。先生なんておじさんなんて嫌いだ。下手だ、私は絶対に先生の文章なんて好きになれない。上手じゃない。あんなのあの子の文章じゃないよ。あの子の文章を私は好むよ。私が、偉い先生だったら、二重丸あげる。それこそ、正しいご都合えこひいきの使い方。そうでしょう。それこそ楽しいことだ。そうなんだ。
 
 嗚呼、婆が厠に起きる音がする。一端、灯りを消しました。月明かり、で書けるのならば書きましょうが、月は何処かに雲隠れ、顔を出してはくださいません。仕方がない、雪明りで書きましょう。雪の少ない場所の方はご存じではないと申しましょうが、雪は闇を白く照らします。まるで、昼間みたいに。それに、雪が降るのにオノマトペなんて無い。雪は、ただ静かです。ザアザアもポタポタもない、無音です。柱時計のボーンが怖かった。それほどに怖いくらいに雪の夜は無音になる。ただ、あれは人が付けた擬音にすぎません。だから、何だって話ではないのですが、ここまで読んだのに意味がないだなんて怒らないで、言ったじゃありませんか、私の書いた文章は駄文だと。改めて、彼女の文章を借りましょう。
 
 『文才とやらいうものは、はじめから無かったのです。』
 私には。

 私は来年で十八です。子供ではありません、でもだからと言って大人ではありません。醜女だけど誰よりも髪が綺麗だし、皆よりは出来物が少ない肌だと思っています。私は駄目な女だけど一応は清い乙女なのです。
 
 私だって、小説の主人公のような身を汚すような恋がしたい。男の人の優しい腕の中で幸せに眠りとうございます。好みたきを好み、愛すべきひとを愛し、そのひとの腕に抱かれたい。そうしたら、私は気が狂うよりも、この苦しみ、虚無から抜け出せましょう。そして、私の文章、物語もまた然り。

 それは、まだまだ先の話にございます。もう寝ましょう。丑の刻はとうに過ぎた。おやすみなさい。きっと、私は近いうち気が狂い、駄目になります。駄目になるのです。

 十年前の天才習字少女も、三年前の天才絵画少女も、もうどこにもいません。その代り、駄目な女がただ一人だけ生まれました。それでも、気が狂えば、狂えるのならば是非に。いや、やめましょう。朝になります。それでは、皆様、おやすみなさい。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ