お砂糖と私。

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最近よく同じような夢を見る。




長い前髪で表情がわからない貴寛さんが目の前にいて、さっきまで楽しく話してたのに「じゃあな」って悲しそうな声であたしの前から去ってく夢。


いつもそこで目が覚めてすぐに隣にいるか確認する。寝息を立てて寝ている貴寛さんを見てホッとしてまた眠りにつく。

そんな夜の繰り返し。





あたしは別に貴寛さんのナニでもない。バンドのボーカルとそのバンドのマネージャー、ただそれだけ。

ただそれだけなのに、期待してしまうあたしは……。












―――――――――――――――










「めぐみちゃん今日はよう呑むなー」


『呑みたい気分なんです』








今日は打ち上げではなく、ただの呑み会。

今日は珍しく亨さん招集だったから良太さんも智也さんもテンションが高い。亨さんが招集するのはとってもレアなのだ。あたしもレアな体験に心躍らせ、招集がかかってすぐに居酒屋を手配し、メンバーが羽を伸ばせるように個室にした。「めっちゃええとこ予約してくれてるやん!さすが俺らのマネージャー」って亨さんに褒められたもんだから嬉しくてお酒がよく進む。








「亨、なんかあったん?」


「いや、別に。ただ呑みたなっただけ」


「ほーう」







智也さんと亨さんの会話を聞いてほっこりする。他にも友だちはいるはずなのにメンバーを呼んじゃう亨さん。それをニヤニヤ聞く智也さん。仲良すぎだなあなたたち。あたしまでニヤついてしまう。


そんな中、「森ちゃん遅いなぁ。なんか聞いてる?」ってもう若干顔が赤い良太さんに尋ねられ、何も聞いていないあたしは首を横に振る。その瞬間、個室のドアが開いた。







「噂をすればなんとやらやな!」


「悪ぃ。遅くなった。こいつもいい?」







貴寛さんの言葉でドアから顔を出したのは、今最も会いたくない人なのにバッチリ目が合ってしまって。咄嗟に目を逸らしてしまいグラスに入っているビールをイッキに飲み干して平然を装う。いや、この時点で自然じゃないよね……。

ってか、貴寛さんあの時、佐藤さんに何か言ってくれたんじゃなかったの?







「俺いちゃダメ?」







いろいろ考えていたら、急に耳元でぼそっと言い放ち、ニヤニヤしながらあたしを驚かせて楽しんだかと思えば真顔で店員さんに「生2つ」なんて言っちゃっていつの間にかあたしの右隣に座る佐藤さん。

ほんと、なんなのこの人。



あたしを挟むように貴寛さんも座って「お前今日よく呑んでんな」って何事もなかったかのように言うから、あの時あたしのことを見て何か察してくれたわけではないことがわかり『はぁ』と溜め息をついた。








亨さんが立ち上がり仕切り直しをするようにグラスを高く上げた。それにならってみんながグラスを持ち上げる。みんなの視線は亨さんに集中していて、亨さんは一人ずつ目を合わせながら話し始めた。








「今日はなんか、メンバーに会いたかったからこうして呑み会開かせてもらってます。おまけに健も来てくれて嬉しい限りです。ツアーやってる時、俺、ホンマにあん時バンド意地でも組んで良かったなって思った。ライブ中すっげぇ幸せやったねん。マネージャーもこんなにいい子で俺らのこと1番わかってくれてて。ライブやるって言うたら来てくれる友だちも出来て……。



何が言いたいかっていうと、














今日はめぐみちゃんの誕生日です」


「「は?」」








「は?」って声がハモり、一気にあたしに視線が集中する。あたしも急な展開で何がなんだかさっぱり分からず現状を把握しようとしているところだ。誰にも教えてないのに。事務所に入るときに履歴書に書いたっきりなのに。ってか自分自身誕生日なんて忘れてた。あんまり祝われたこともないし、いい思い出も無いから。








「え、ホンマなん?」


『まぁ』


「まぁ、って」


「なんで言わへんかったん!お父ちゃん怒るよ?」







テーブルを挟んで目の前にいる智也さんと良太さんはまだ信じられないのかあたしに真偽を問う。良太さんはもう酔ってるみたいだからそっとしておくことにする。







「お前ホントバカじゃねぇの?」


『え』







左側から思いもよらぬ言葉が飛んできて恐る恐る見てみると、凄い不機嫌な貴寛さん。何とか機嫌を取ろうと考えたが、全然いい言葉が浮かばない。少し空気が悪くなったところに1番に口を開いたのは佐藤さんだった。







「たか歌ってあげなよ」


「は?何を」


「はっぴーばーすでーとぅーゆー」


「せやな!賛成!!!」






佐藤さんの言葉で場の空気が戻り、みんなの視線があたしじゃなくて貴寛さんへ注がれることになった。






『あたしの為だけとか勿体無いんでいいですよ貴寛さん。喉休めてください』


「めぐみちゃん歌ってほしくないの?たかの生歌はっぴーばーすでーだよ?ねぇ?たかなら歌うよね?」


「わかったよ。歌えばいいんだろ?」








佐藤さんが追い討ちを掛けると、貴寛さんが観念したのか深く息を吸い、歌い始めた。


綺麗な英語で。ゆっくり。なめらかに。バラードを歌うように優しく。いつもすごい人数を動員するバンドのボーカルがあたしだけに歌ってくれてるんだと思うと、目頭が熱くなってきて。

あたし、こんなに幸せでいいのかな。佐藤さんにちょっと感謝しなきゃな。








「Happy birthday to you 〜」


「いぇーい!!!おめでとめぐみちゃん!」


「では、めぐみちゃんの誕生日を祝しまして」


「かんぱーーーーーーい!!!」








この後、貴寛さんに頭撫でられて「こんなんで泣くなバカ」って若干照れながら言われたような気がして、不意に「1番になれなきゃ意味ないじゃん」って佐藤さんの言葉が急に蘇って、あたしのあたし自身で締めていたネジが飛んだ。そのせいかこの後の記憶が全く無くて。起きたらみんなが貴寛さんの家に居て、頭を撫でられ「おはよう」って優しい声で囁かれ、目覚めのいい朝が待っていた。

















(また頑張ってみてもいいと思えたんだ)





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