お砂糖と私。

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『ちょ、貴寛さんっ』


「うるさい」








ツアーは今日で全て終わって一段落。今日の以外は何事も無く終えることが出来た。今日の以外は。








『まだ、お風呂、入ってないっ』


「黙れ。黙って抱かれてろ」








今日の貴寛さんはとっても機嫌が悪い。何故なら、機材のトラブルでライブが中断してしまったからだ。とてもじゃないけど見てられなかった。あんなに豹変した貴寛さんを見たのは初めてだったし、怒りの中に悔しげな表情が垣間見えたから。



スタッフ全員での打ち上げも中止。さっきまでメンバーとあたしで少し呑んでて、盛り上がってたんだけど、亨さんの「今日のは仕方ないよな」って一言で貴寛さんの顔が曇って打ち上げは解散になった。

で、あたしは手を引かれ、居候させてもらってる貴寛さんの家に居て、今に至る。








『たかひ、ろ、さん……んっ』


「ほんと黙って」







右手で口を塞がれ、左手で両手を頭の上で固定される。あたしの上で動く貴寛さんの顔をずっと見てたけど、悲しそうな顔しかしないからこっちまで悲しくなってくる。抱きしめてあげたい。でもそんな資格あたしにはないから。あたしの身体なんかで少しでも悲しみが払拭されるなら……って、ほんとに都合いい女だなあたし。

なんて、抱かれてる最中ずっと考えてた。


あたしの知らない貴寛さんの顔を垣間見る度、あたしはどんどん貴寛さんに溺れてく。報われないとわかっていても、この、愛しいって感情を認めてしまいそうで。



あたし、本気で、貴寛さんのこと……














――――――――――









「おっはー」


『あ、良太さん。おはようございます。1番乗りですね』








「1番はめぐみちゃんやん」って笑顔の良太さんに癒される。


今日はツアーが終わってから初めてのお仕事。スタジオでレコーディング。貴寛さんと一緒に来るはずだったんだけど、「先行ってて」って言われて何も言えずのこのこ先に来てしまった。



ふいに、あたしの顔を覗きこむ良太さんと目が合った。







「元気ない?大丈夫?」


『そんな風に見えますか?』


「んー、なんか顔色悪いで?いつもとちゃう」


『顔色悪いのはいつものことです』


「なんやそれ」







ふはって吹き出す良太さんを見てホッとする。

そういえば今朝起きた時から体がだるいなーとは感じてた。昨日汗びっしょりのまま寝ちゃったからかもしれない。





ふと顔を上げればあたしたちの居る部屋のドアが開いていて。ドアノブを握っているのは、







「森ちゃんおはよう!」







貴寛さんで。でもいつもと様子が違って、いつも身につけてる帽子以外にマスクと冷えピタなるものをおでこに貼っている。嫌な予感しかしない。







「森ちゃん熱?大丈夫なん?」


「……」







コクコクと首を縦に振り、親指を立て返事をする貴寛さんを見て確信した。







『貴寛さん、もしかして声出ないんですか?』


「えっ」


「……」


「森ちゃんほんまに?」


「……出ねぇ」






ボーカリストとは思えないカッスカスの声。うわ、バレた……みたいな顔してるのがマスクの上からでもわかる。レコーディングしだしたらバレるのになんで隠そうとしたんだろ。







『熱もあるんですよね?じゃあ今日は中止です。今すぐ帰って寝てください』


「そうやで!俺が送るからめぐみちゃん、智くんと亨に連絡お願い!」


『了解です。貴寛さんをよろしくお願いします』







何か言いたげな貴寛さんの背中を押しながら「任せて!」って扉から出ていく良太さんを見送り、帰ったら看病しなきゃな……なんて考えながら他のメンバー2人に中止の連絡を入れた。











――――――――――――








「体調管理ぐらいしてもらわないと。こっちも暇じゃないんでねぇ」


『誠に申し訳ありませんでした』







事務所に戻ってかれこれ30分。ずっと立ったままで今回のお仕事の関係者様にお叱りを受けている。あたしがマネージャーとして彼の体調を管理出来てなかったのが1番の原因なんだけど、さっきから頭が痛すぎてお叱りが右から左で、顔に出さないようにするだけで精一杯。







「以後、気を付けて下さいね」


『本当に申し訳ございませんでした』







これからもお世話になる方だから深く深く頭を下げて。これからもお世話になるからだけって訳じゃないけど、バンドにプラスになる人はマネージャーとして捕まえておかないと。



頭を上げ、次にしなきゃいけないことを考えてたらいつの間にか目の前が真っ白になって。気付けばいつもと匂いの違うベッドに横になっていた。








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