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部屋を覗く怪しい人物が誰だったのかは、分からないまま私は降谷こと安室さんの部屋を出た
あまり長居すると園子ちゃんからの追求が長くなるだろうと言ってくれて、確かにと思ってしまった
部屋を覗いていた人物が誰なのか聞いてみたい気持ちはあったけど、知ったら降谷が不利な状況になりかねないのは、なんとなく分かっていた
考えを切り替えて哀ちゃんが心配だと思い、6号車へと戻ろうと歩いていると突然後ろのドアが開いて驚いていると、口を塞がれて腕を引かれた
傾きそうな体をどうにかして、耐えようとしたけど力が強すぎて逆らうことが出来ずに部屋へと入ってしまった
ドアが閉められてしまい、何がなんだか分からない状況に、まさかと言う考えが過ぎり降谷を思い出して、降谷を心配する自分が居た
口を塞がれて、さらには利き手は強い力で手首を掴まれているせいで、下手に動けないまま、背中をドアに押し付けられた
背中が痛い事はなかったが、あまりの速さと突然の拉致まがいな状況に頭が追い付けないでいる
ドアに押し付けられた反動で頭が俯いていた私の耳に聞こえて来た声は、まさかの人物だった



「少々乱暴な扱いなりましたが、どうにか確保出来ましたね」
『!……』
「大声は出さないで下さいね?
これから、貴方に交渉したい事があるので…」



そう言った目の前の人物は沖矢さんだった
突然の登場と拉致まがいな事をする彼に驚いている
沖矢さんとドアに挟まれている今の状況もだけど、彼が此処に居る事が何よりも驚きだった
さらに交渉と言った
降谷の情報かと一瞬思ったが、わざわざ此処まで来て聞き出そうとするとは思えない
他に思い当たる事がなく、沖矢さんを見上げて居るとそれが答えと思ったのか、私の口から手を離してくれた



『どうして、沖矢さんが…?
それに交渉って…』
「手早く言えば、灰原哀さんを守るために貴女にも手伝って貰いたいんですよ」
『!…やっぱり哀ちゃんは誰かに追われてるんですね』
「やはり、貴女は気付いていたようですね」



これは話が早いとでも言うように笑みを口元に浮かべる沖矢さん
すると、目の前の沖矢さんしかこの部屋には居ないと思って居たら、沖矢さんの後ろから突然声が聞こえた



「昴さん、あんまり女の子に痛い事はしちゃダメよ!
痕が残ったらどうするの?」
「それはちゃんと加減してるので、大丈夫ですよ」
『だ、誰…ですか?』



まさか女性が居るとは思わず、目の前の沖矢さんへと質問する
沖矢さんは私の手首からは手を離さずに、後ろにいる女優帽を目深に被った女性の事を説明しようとしたが、その女性が自ら顔を上げて自己紹介してくれた



「私の顔見たら、誰だって分かるでしょ〜?」
『え………え…?あ、あの本物ですか?』
「もちろんじゃな〜い!本物の工藤有希子よ〜ん!」
『……』



あの大物女優が何故こんな所に居るのかと言う疑問よりも、本物が目の前に居ると言う事が何よりも信じられなくて思わず絶句する
そんな私を見て居た沖矢さんが、フッと笑いをこぼしていた
沖矢さんと私を見つめて、有希子さんが口を開いた



「それより2人ともいつまでそのままで居るのかしら?
昴さんもその手を離してあげないと!」
「いえ、彼女には協力して貰わなければ意味がないんですよ
なので、YESと言ってくれるまで離すわけには行かなくて…」
『…有希子さんがどうして、関わって居るのかも気になりますけど、哀ちゃんの事で早くしなきゃいけないんですよね?』



逃げないためと言う理由と反撃をさせないためと言う2つの理由で、利き腕の手首を掴むなんてやっぱり沖矢さんはただの大学院生じゃないと再確認した
そんな沖矢さんを見上げると真剣な表情で話し始める



「この列車内に彼女の命を狙う人物がいます
その人物から彼女を助けるために、貴女には彼女を安全な場所への誘導をお願いしたいんです」
『誘導?どう言う事ですか?』
「彼女は僕が命を狙っている人物の1人だと思っています
僕から逃げる彼女を貴女が7号車のB室へ匿い、あとは芝居に付き合って貰いたいんです」
『し、芝居?』



7号車のB室に匿うのは妥当な判断だけど、それよりも驚く言葉が聞こえた
芝居まで付き合わされるなんて、素人に何をやらせる気だと思い聞き返すと頷いた沖矢さん
芝居なら後ろに居る有希子さんが適任ではと思って、有希子さんを見るとどうやら彼女にはある人物を足止めするために、此処に居て貰わなければダメだと言われた



『でも、芝居って…』
「彼女を7号車のB室に誘導した後は、彼女の傍にいて下さい
騒ぎが起きたら、コナンくんと合流して彼から指示が出るまでは、哀さんを迎えに行かないでくれれば大丈夫です」
『大丈夫って…』
「大丈夫!新ちゃ…コナンくんを信じてくれれば、上手く行くから!」



"しんちゃ"と言う言葉に"新茶?"と思いつつ、由紀子さんはそう言いながらウインクした
不安なのは変わりないけど、哀ちゃんの命を狙っている人物から守るならやるしかない
だけど、こちらだって無条件でやるわけには行かない
沖矢さんを見上げるとどうやら、私の考えを見透かして居たのか口元に笑みを浮かべている



『私が手を貸したら…貴方が一体誰なのか……教えてくれますか?』
「……僕の事を交渉の条件にするとは思いませんでした
良いでしょう…今回の事が上手く行ったのなら、貴女に僕の事をお話しますよ」
「これは……恋の予感かしら!」



検討外れな発言をした有希子さんの言葉が響く中、ジッと見上げる私を面白そうに笑みを浮かべる沖矢さん
もしかしたら降谷の手助けをしてくれる人物になるかもしれないと言う期待が生まれたからだ
沖矢さんは哀ちゃんを助けると言った…
それは今降谷が潜入している組織を別の角度から追っているのではと、思ったからだ
だからこそ、沖矢さんの正体を知りたいとも思った
ジッと見上げている私の利き手から、やっと沖矢さんは手を離してくれた
ドアと沖矢さんに挟まれていた私から、離れて沖矢さんが口を開いた



「貴女はどちらにとってもキーパーソンになり得る存在だと言う事を、忘れないで下さい」
『……そのどちらもどんな存在なのかは、分かりませんが……それは、またの機会で聞く事にします』
「その時は長話になると思いますので、お茶菓子でも用意しておきますよ」
『……じゃあ、私は7号車のB室で待機してます』
「そんなに焦らずとも、今はここにいてくれると助かります
まだ7号車の近くでコナンくん達が事件を追っているので…」
『……』
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ!
ホラ、座って落ち着いてお話ししましょう!ね?」



そう言って、私の手を引いた有希子さん
沖矢さんを睨むように見つめていたのを、どうにか止めてくれた
と言うよりも、その空気に耐えかねてだろうけど…
沖矢さんは席に座らずに、ドアに背を預けていた
由紀子さんは席へと私を座らせると、ティーポットに入っていた紅茶をティーカップに注いで私に渡してくれた
有希子さんにお礼を言いながら受け取り、ピリピリしていた自分を落ち着けるために紅茶に口を付ける



「やはり安室透さんと付き合う事にしたんですか?」
『ぶっ!ゴホッ!ゴホッゴホッ!』
「あら?ビンゴだったみたいよ?」



突然の話題に思わず飲んでいた紅茶が、器官に入ってしまい咳き込んでしまう
そんな私の背中を微笑ましそうに笑いながら叩いてくれる有希子さん
隣にいる有希子さんに、現実味がないけどそれでもこうして触れられる事で、本物なんだと頭の片隅で思う自分も居た
だが、そんな事さえも吹っ飛ぶような沖矢さんの発言が何よりも驚いた
どうしてその事を知っているのかと言いたいが、さっきの降谷の部屋を覗いていたのはまさかと思い沖矢さんへと視線を向ける
すると、首を傾げて私を見つめる沖矢さん
瞳が閉じられているせいで、表情は読み辛い



『…まさか、さっき安室さんの部屋を覗いてたのって沖矢さんだったりするんですか?』
「?覗いてはいませんが、清華さんの雰囲気を見て何となくそう思っただけですよ」
『……じゃあ、あれはやっぱり…』
「…何かあったみたいですね」
『…安室さんの部屋にいた時、誰かが覗いていたんです
だから、てっきり沖矢さんかと……』



それを聞いていた沖矢さんと有希子さんの表情に、僅かに緊張が走ったのは見逃さなかった
やっぱり降谷が潜入している組織の誰かなのだと察する
有希子さんは沖矢さんへと視線を向けた
それから有希子さんは、私へと向いて口を開いた



「清華さん」
『?』
「私達がミステリートレインに乗って居た事は、誰にも言ってはダメよ
コナンくんは今回の事は、把握しているから良いけど…
もし、私達以外の人か或いは私達だと思っても、少しでも怪しいと思ったら今回の事は決して話してはダメよ
良いわね?」
『……分かりました』



もしそれを口外した場合どうなるかは察しが付く
それに"私達だとしても"と言う事は、病院で会ったあの女性のことを言っているのだろう
張り詰めた空気の中、沖矢さんが腕時計を確認するとそろそろ行きましょうかと言った
私からもしものためにと沖矢さんの電話番号を聞くと、沖矢さんがスマホを渡して欲しいと言われて、少し彼にスマホを渡すのは抵抗を感じたが、ここはつべこべ言ってられない
哀ちゃんの命がかかっている現状なら、連絡手段は多いに越した事はない
スマホを沖矢さんに渡すと、電話番号を打つかと思いきやスマホにコードを繋ぎ、沖矢さんのスマホへと繋がれた
それに驚いて声を掛けたけど、もしものためですと言って微笑むばかりで、その真意はなんなのか分からないばかりか、理由を言わない沖矢さんに腹が立つのは否めない
ジトリと見上げていると、有希子さんが悪い事には使わないからと苦笑いをしつつ間に入ってくれた



「それじゃあ、行きましょうか?」
『…勝手にスマホを遠隔操作とかしないでくださいよ?』
「…フッ、状況に応じてとだけ答えておきます
じゃあ、有希子さん後は頼みます」
「分かったわ!任せてちょうだい!」



遠隔操作出来ちゃうの!?と内心驚くが、そんな私を置いて沖矢さんにウインクして親指を立てた有希子さん
そんな有希子さんにお世話になったので軽く会釈しながらお礼を伝える



『紅茶ありがとうございました』
「いえいえ、哀ちゃんの事よろしくね!」
『はい』



有希子さんにそう言われて、気を引き締める
ドアを開けて、先に歩いていく沖矢さんに着いて7号車のB室へと向かう
お客は部屋から出る事を控えているせいか、すれ違う人が居なかった
7号車B室へと着いて、ドアには鍵がされて居なかったからそのまま入れた
中に入ると沖矢さんは、部屋には入らずに私にスマホを返してくれた



「それでは予定通りにお願いします」
『分かりました』
「そんなに緊張しないで下さい
緊張してしまったら、どこでバレるか分からないんですから」
『…また難しい話するんですね』
「貴女なら切り抜けられると思っての事ですよ」



そう言って微笑む沖矢さんは、それではとドアを閉めた
1人になった部屋で、返されたスマホの待ち受けを見るけど何が変わった訳じゃない



……信用して良いのか、分からないけど…
哀ちゃんのあの怯えようを見たら……
大丈夫、必ず助けられる…前のような失敗はしない



そう手を握りしめた
お父さんの時のような事にはさせないと決心した
それが降谷の意にそぐわないとしても、誰かが死ぬなんて見てられないと自分に言い聞かせた







end

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