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あれから2週間程度で退院する事になり、抜糸もして貰ったけど激しい運動は暫くダメだと言われてしまった
仕事先にもドクターストップがかかっていると言う事を伝えて、家へと帰るための準備をしているとドアをノックする音が聞こえた
どうぞと声を掛ければ、そこには沖矢さんが現れた
荷物を詰めていた私を見て、沖矢さんは安心したような笑みを浮かべた



「お見舞いにと思って来たんですが、どうやらいらなかったみたいですね」
『わざわざありがとうございます』
「いえ、退院出来るほどに回復したのなら良かったです」
『…あの、沖矢さん』
「?どうしました?」



沖矢さんの手元にはお見舞いにと持って来たのか、紙袋を持っていた
わざわざ持って来てもらって悪いなと思いつつも、この前の脱走騒動の時にまた沖矢さんには迷惑を掛けてしまった
その事に関して謝罪をしていなかったと思い出し、沖矢さんへと向いて呼ぶと首を傾げて尋ねて来た



『この前はいろいろと迷惑を掛けてしまって…すみませんでした』
「その事ですか…
気にしないで下さい
僕はただ貴女があまりにも悲しそうだったので、放っておけなかっただけですよ」
『……あの、どうしてそこまで私を助けてくれるんですか?』
「……」
『沖矢さんも……何か隠して、私を利用しようとしてるんですよね?』
「……」



彼はずっと何かを隠していると言うのは感じていた
それが一体何なのか分からない
だけど、一般市民である私に近付いて利用しようとするなら、それは多分降谷の事しか思い付かない
駆け引きなんて私には無理だから、直球で聞くしか分からないけど…
でも、人の感情や表情を読む事なら少しは自信がある
真っ直ぐ見つめる私を沖矢さんは、閉じられた瞳で見下ろす



「……貴女は昔の知り合いに似ているんですよ」
『……』
「危なっかしい所も後ろを見ない所も…」
『だから、私を助けてくれるんですか?』



その言葉は、多分嘘ではない
だけど、それは本題の答えではないと言うのは分かっていた
これ以上聞いても、多分彼からは答えは出てこないだろう
沖矢さんの体格と言い、この前沖矢さんが私を警視庁に運んでくれた時に一瞬だけど体に触れた事があって、その時に気付いたのだが、筋肉のつき方が武術をしている人の付き方だった
最悪力でねじ伏せられてもおかしくない



「えぇ…貴女を見ているとつい手を貸さなければと思ってしまって…」
『…私は子供じゃないですよ』



子供扱いされてるのかと思って、ジト目でそう言うと肩を揺らして笑う沖矢さん



「でも、自分の気持ちのままに動く貴女が少し羨ましく思います」
『……迷惑ばかり掛けてるだけですけどね』
「でも、彼はそうとは思ってないんじゃないですか?」
『?彼…?』



沖矢さんが言う彼とは誰なのかと思い、尋ねると沖矢さんの口から毛利さんの助手のと返ってきた



『安室さんですか?』
「えぇ、コナンくんがいい雰囲気だって言ってましたよ?」
『……あのマセガキ…』



コナンくんからの情報かよと思い、ついつい本音が小さな声で出てしまった
だけど、それは彼には聞こえなかったのかそれとも見ないフリをしてくれたのか、沖矢さんは首を傾げていた



「?どうしました?」
『いえ、なんでもないです
私と安室さんはそんな関係じゃあないですよ?むしろ、良いお友達です』
「そうなんですか?
コナンくんが言うから確かだとは思ったんですが…」



沖矢さん、私で遊んでない?
そう思いながらも、反論し過ぎても不自然だからそれ以上言えない
すると、そんな空気の中病室に響いたノック音
助かったと思い返事をすると、入ってきたのはナースさんだった
退院手続きの書類を持って来てくれて、それに署名して欲しいとの事
書類に署名していると、沖矢さんに気付いたナースさんが驚いていた



「あれ?彼氏さんは来てないんですか?」
『だから、彼氏じゃないんですって…』
「でも、思いっきり目の前で彼氏ですって言ってたじゃないですか〜」
『それは安室さんが勝手に…』



そんな会話をしている間、黙っている沖矢さん
無意味に情報を与えたくないと言うのに、ナースさんはそんなことに気付くはずもなく…
恋バナはどこの女子でも浮き足立つのだろう



「やっぱり安室さんと付き合ってたんじゃないですか」
『いや、安室さんが勝手に言ってるだけなんで…』



苦笑いを浮かべて答える私に、沖矢さんはいつもの表情で言う
瞳を閉じてるから、感情を読み取るのは難しいけど彼の空気だとか仕草を注意深く見る
書類の手続きが終わり、病室を出ると沖矢さんが家まで送りますよと言ってくれた
それに甘えて送って貰う事になり、荷物を持つと私が持っていた殆どの荷物を沖矢さんが持ってくれた
それに驚きながらもありがとうございますとお礼を言うと、まだ病み上がりなんですから無茶はダメですよと言われてしまった



なんか……降谷と同じ事言ってる…



そう思いながらも、またお礼を言う
お世話になったナースさんに挨拶してから、病院を後にする
足はまだ完治していないから、松葉杖を突いての退院だけど暫くは通院と言う事で、また1週間後に病院に行って足の様子を見て貰う事になっている
駐車場に向かい、沖矢さんの車へと乗り込む
車種が珍しくて覚えていたからすぐに探し当てることが出来た
荷物を後部座席に入れて貰い、松葉杖も後部座席に入れて沖矢さんが助手席に乗るのを手伝ってくれた
お礼を言うと少し口角を上げていえいえと言った
運転席へと座ると進み始めた車



「清華さん、僕からも1つ質問しても良いですか?」
『?えぇ、どうぞ』



走り始めた車の中で、私に質問をしても良いかと尋ねて来た沖矢さん
何だろうと思っていると沖矢さんの口から出て来た言葉に、自分の言葉選びの下手さに頭を抱えたくなった



「さっき病室で僕に、"沖矢さんも何か隠して、私を利用しようとしている"と聞いてきましたよね?
"沖矢さんも"と言う事は、他の誰かに利用されるような事があった…と言う事ですか?」
『……』



これは自分のミスだと思わざるを得ない
言葉を選んで言ったつもりだったけど、爪が甘かったかと思う
だけど、ナースに変装した彼女が一体誰なのか、沖矢さんに話したら分かるだろうかなんて言う考えが湧いてくる



『…この前、私が病室から脱走出来たのはナースに変装した女性が居たからです』
「!……その女性とは面識が?」
『いいえ、むしろ素顔も知らないような人です
でも……銃を向けて来て、私が自分に変装して時間を稼いでくれって言ったら、面白いって言って私に変装してあげると……』



そう言って沖矢さんを見ると、片目だけ開かれていた
そこから覗く瞳の色と特徴的な目元に既視感を抱く
だけど、それが誰なのかと思いつつも沖矢さんを見ているとすぐに、その瞳は閉じてしまう



「怖い思いをしたんですね…
じゃあ、清華さんはその女性に利用されるのかと思ったんですか?」
『……えぇ、彼女は一体何者だったのか…』
「…利用されると思ったと言う事は、その心当たりがあると言う事ですか?」
『……』



また私へと向いた沖矢さんは、少し殺気帯びたように感じた
だけど、こればかりは話すわけには行かない
彼が守られる保証がない以上は…



『……何も知らないですよ
でも、何かが嗅ぎまわってるのは感じてます
その中に私も重要な鍵を握っていると言う事も、私は分かってます
だから、貴方にもコナンくんにも…誰にも言うわけには行かないんですよ』
「……」
『貴方達は一体何者で、何を追ってるのか…
或いは何に追われてるのか…
それは私には知り得る手立てがありません』
「……貴女は何も知らないと言う事ですね」



沖矢さんへと向いて真っ直ぐに見つめて言う
すると、フッと含み笑いを浮かべた沖矢さん
その表情はメガネが反射してしまい読む事は出来なかった



「貴女が重要な鍵だと言うのは変わりないみたいですね」
『……』
「安心して下さい
貴女を殺すつもりも貴女を利用するつもりもありませんよ」
『……じゃあ、仲間にでもするつもりですか?』



痛いくらいの静かな車内で、お互いに探り合う
明らかに彼は何かを知っている
安室透と言う人物が、何かをするために生まれた人格だと…
そして、この人は降谷の素性を探ろうとしている
それは言うまでもなく感じていた
沖矢さんを見つめても彼はひるむ事は無く、閉じられた瞳が開かれる事はない



「フッ…貴女は本当に嘘がない方だ
嘘がない分、貴女は言葉の裏に勘付いてしまう
貴女が刑事を辞めてしまったのは、日本の警察にとっては悔やまれる存在だったでしょうね」
『……』
「これだけは言っておきますよ
時が来れば貴女も分ります
そして、貴女も僕達に協力する事になる…」
『……そう…ですか』



怪しく笑みを浮かべた沖矢さんの言葉に、違和感を抱きながらも私は心の何処かでいつか協力するのだろうと確信めいた物があった
それはコナンくんを見ていて、なんと無く感じていた
彼は犯人さえも助けようとしている
もしかしたら、コナンくんは降谷の事にも少しずつ勘付き始めているのではないかと言う不安があった
コナンくんの言動や行動は小学生のそれとは逸脱している
ただ推理が好きと言うだけではないはずだ
すると、沖矢さんは反応がイマイチだった私に首を傾げていた



「反論しないんですか?」
『…分からないけど、貴方達は……悪い人じゃないと思うから…
それに、コナンくんと沖矢さんは度々、私を助けてくれましたから……いつか貴方達の助けを借りる時が来るんだと思います』
「……貴女はいろいろと勘付いているんですね」
『…刑事の勘も考えようですね』



苦笑いを浮かべて沖矢さんを見れば、さっきまでの表情とは違い真剣な表情になっていた



私が降谷の傍に居るのは危険に変わりない
ましてや、素性を晒されてしまう確率が上がる…
多分、近い将来降谷から離れなければいけない
彼を守るためにも、私や周りの人たちを守るためにも……



そう1人決意をしながらも、降谷の捜査に支障が出ないようになるべく会うのを控えた方が良いだろうと考える
突然会わなくなるのも、あの女性に勘付かれてしまう
徐々に会う回数を減らしていけば、自然消滅したのだろうと思われるだろうと考えながら、窓の外を眺める
そんな私を沖矢さんが、片目を開いて見つめていたとは知らなかった







end

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