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脳のMRIを撮ってから1日の検査は朝に終えてしまい、何もすることがなくなってしまった
降谷が持って来てくれた推理物の小説を読んでいると、ドアをノックする音が聞こえた
どうぞと声を掛けると顔を出したのは、読んでいる本をくれた本人がそこには居た
だが、その表情は降谷の物ではなく安室さんとしての表情だった
それを見て、何か仕事の関係だろうかと思いつつ、ドアが閉まるまでは安室さんとして接しなければいけない



『安室さん!』
「元気そうで何よりです
ロールケーキ買って来たんで、清華さんにどうかと思って!」



ロールケーキが入った箱を顔の高さまで上げて、微笑む安室さん
そんな会話をしているとドアが閉まった
小さくため息を吐いて降谷へと視線を向けると、さっきまでの安室さんの表情とは違い少し思いつめたような表情を浮かべていた



『…?どうしたの?』
「……」



降谷は無言でベッドの脇にある椅子まで来ると、ロールケーキが入った箱をベッドに付けた簡易テーブルに置き椅子へと座る
俯いていた視線がゆっくりとこちらへと向いて、何かあったのかと内心不安になりながら見つめていると降谷の口から出た言葉に納得が行った



「伊達は……いつ死んだんだ?」
『……去年の2月頃よ』
「そうか…」
『……』



伊達が亡くなった事を知らないと言う事は、警察庁にはなかなか登庁出来ないと言う事
それは今の潜入捜査がそれほど危険とも取れる話で…
この前、私に変装した彼女こそがその潜入捜査の対象である組織か或いは人物だとは思う
私も降谷も黙ってしまい、病室には重い空気が流れる



『…伊達の墓参りにでも行ってあげて……
時間が出来たらで良いから…』
「…あぁ」



亡くなった理由を聞かないと言う事は、警視庁で調べたのだろう
深くは聞かない方が良いだろうと思い、それ以上伊達の話を振らずに話題を変えようとロールケーキの箱を開ける
ロールケーキの上に白糖が掛けられた、ネットで話題のロールケーキが入っていた



『さすが"安室さん"!
女心が分かってますね!』
「……」
『…言わなかったのは悪かったけど、今のアンタに言ったら傷付くと思って……』
「……」
『…ゴメン……』



何も言わない降谷に謝る言葉しか見つからなかった
彼を傷付けるだけだと思い何も言わなかった事には、悪いと思っている
だけど、潜入捜査をしている降谷に動揺させるような話題を聞かせたくないと言うのは、彼の心の弱さを知っているからなのだが…
確かに降谷は強いが、気持ちの部分ではプライドが高い分崩れてしまうと1人にしておけないような所がある
それを考えた上で言わなかったのだが、どうやらそれは余計に降谷を傷付けてしまったのだろう



『…何か飲み物買って来るね』



1人にした方が良いだろうかと思い、松葉杖を掴もうとした私の後ろから首に抱きついて来た降谷
降谷に抱きしめられているせいで、それ以上動けなくなってしまった
頬に降谷の髪の毛が当たり、振り向くことが出来ないでいると耳元で小さく聞こえた声



「此処に居てくれ…」
『……分かった』



そう言うと降谷は、キツく抱きしめたまま黙った
降谷が言った言葉を思い出す
"お前しか居ない"と言った言葉に、伊達が亡くなったと言う事を降谷は知っていると思って居た
だけど、その言葉に含まれて居たのは"再会した同期で"と言う意味だったのだと理解する
静まり返る病室に後悔が渦巻いた
黙った降谷の気持ちを少しでも軽くしてやりたくて、顔の横にある降谷の頭に自分の頭を傾けてコツリと置く
すると、私の頭に擦り寄り首に抱きついて居た片手を緩めて、頭に手を回してさらに降谷へと傾けられる
耳元から聞こえて来たのは、声にならない息が出てくるだけで泣いているのか泣いていないのか分からない



『……』



泣くのはいつも私で、降谷はただ私の弱音も本音も泣き言を聞いては嫌味を言って奮い立たせてくれる
私は降谷に背中を押して欲しくて、泣き言を言いに行っていたのだと今ならわかる
嫌味ばかり言っていたのも降谷なりの励ましで、背中を押してくれていたのだと知る



『…大丈夫
私は死んだりしないから……』
「…っ……」



息を詰まらせたような音が聞こえた
首に抱きついている腕に触れると少し緩められて、体の向きを変えて後ろに居る降谷へと向く
真正面に向かれるとは思わなかったのか、降谷は少し戸惑って居るように見えた
そんな降谷に真正面から、今度は私が抱き締めた



『私は大丈夫だから…』
「っ……あぁ」



頭を撫でながら言うと降谷は、少し震えた声で答えてくれた
降谷は人の死と言う物に1番敏感なのかもしれない
警察と言う役職は人の命を自分の体を張って守る仕事だ
降谷を見ているとそれを体現したかのような奴だと分かる
心の弱さをひた隠しにして、自分を作ると言うのは計り知れないほどの苦労と犠牲で成り立っているのだと思う
疲れていてもそれを微塵も感じさせない"安室さん"には、頭が上がらないと思ってしまう



『…この前は、私を慰めてたのに今日は私が慰めてるわね……』
「……そう言う時もあったって良いだろう…」
『悪いとは言ってないわ…
頼って貰えてるみたいで、嬉しいのよ
アンタの気持ち少し分かったかも…』



そう言って今度は私から降谷へと擦り寄るように、抱きしめながらすると片膝を突いて私に抱きしめられていた降谷が私の背中に回した腕に力を入れて、さらにキツく抱きしめた



やっぱり私…好きなんだな……



ふとそう思った
降谷の事を好きなんだと自覚はしていたけど、こうも自然に抱きしめていた自分にそう思わざるを得なかった
恥ずかしいとか気まずいとかじゃなくて、ただ力になりたいとか傍にいたいって思えるのは…
多分友達を超えた感情なんだと思う
柔らかい髪を梳くように撫でている私に何も言わない降谷
甘えているようにギュウッと抱き締めて離さない彼が、少し幼く見えて不謹慎にも嬉しく思えた
弱音を吐くような所は本当に数回くらいしか見た事がなかった
そのどれもが、こんな風に甘えるような事はなく…
ただ淡々と弱音をこぼしていたのを思い出す
それから暫く降谷はそのまま動く事はなかった






*******





それから数分後にやっと解放されて、腕を離して片膝をベッドの端に突いたまま私を見下ろして来た降谷
私の髪を梳いてから、頭を撫でる彼を見上げると表情は少し落ち着いたように見える



「すまない…」
『落ち着いたなら良いわ…』
「…清華」
『?何?』
「……」



私を呼んで何かを言おうとしたけど、すぐに辞めた降谷は私を見つめたまま目を細めるだけだった
そして、見上げる私の頬に手を添えた降谷
まさかと言う気持ちが湧いて、そのまま動く事が出来ないでいる私を見下していた彼は、背中を丸めて私との距離を縮めて来る



…っ……ダメ…



自分で止める事が出来ないと思い、目を瞑って身構えていた
すると、唇には何も触れずに頬からも手が離れたのを感じて、瞳を開くと私の手を握り椅子に座る降谷が視界に入った
降谷の顔を見れば、苦しそうとも切なそうとも取れるような表情を浮かべていた



私も降谷も大人だ
お互いがどう思っているかは分かってる
だけど、どちらもいつ命を落としてもおかしくない職業で、人を守る仕事に誇りを持ってる
だからこそ、中途半端な気持ちではないし"もしもの時"を考えて、残された人の事を考えてしまうとお互いの気持ちなんて言えない
残される人の気持ちはお互いよく知っている



私はいつものように笑みを浮かべて、息を吐くように嘘を付く



『ありがとう、心配してくれたんでしょ?』
「!……フッ、心配して損した気分だな」
『何よそれ!
ホント昔から変わらないわね、嫌味なとこ!』



普段はこんな芝居くさい事なんてしない
だけど、こうでもしないと降谷自身が自分を責めてしまうだろう
手を握ったままの降谷の手を握る
口では嫌味を言い合うけれど、不安を消し去りたいと言う降谷の気持ちが痛いほど分かる
だから、安心するまではそのままにしていたいと思い降谷の手を握る









end

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