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良い夢は見たくないといつも思っていた
それは目覚めると夢であった事に落胆し、そうあって欲しいと願ってしまうからで…
期待をするのはその分の落胆や絶望が強くなる



さっきまで見ていた夢を忘れてしまったけれど、目覚めればそこは病室で片手をギュッと強く握られている感触がした
片手を見つめるとそこには私の片手を掴んで、ベッドに突っ伏して寝ている降谷が居た
カーテンが閉められた病室は、窓から漏れる太陽の光を見て、昼だろうかと思いサイドテーブルに置かれているスマホに手を伸ばす
すると、手を伸ばした拍子にベッドが揺れてしまい、弾かれたように起き上がった降谷が強く私の片手を握った
驚いたように起き上がった降谷が私へと向いて、私がちゃんとベッドにいる事に安堵したのか見開いていた瞳を細めた



『…ゴメン、起こしちゃったね』
「いや、大丈夫だ…
それより…」



頬に手を添えて来たと思えば、私の顔色をチェックしてから安心したとでも言うように安堵の溜息を吐いていた
それが可笑しくて思わず肩を揺らして笑うと、降谷も微笑んでくれた
すると、響いたノック音に私の頬から手を離してすぐさま姿勢を正して椅子へ座る降谷は、降谷から安室透へと変わって居た
その身のこなしの早さに目を見張りながらも、さすがと内心で賞賛した
どうぞとドアの向こうに声を掛けた安室さんを見ながら、体を起こすと背中を支えてくれる
ドアが開いて入って来たのは今まで来たナースではなく、会った事のないナースが入って来た
そのナースは私が起きている事に気付いて微笑みを浮かべた



「起きてらしたんですね
お昼を持って来ましたよ!」
『ありがとうございます』
「もうそんな時間でしたか…
僕もお昼を下のカフェで…!
いや、清華さんがお昼を食べ終わるのを待ってからにしましょう」
『え?でも、お腹空いてないですか?』



私の質問に大丈夫ですよと微笑むだけで、どうして急に意見を変えたのか分からずに首を傾げていると、ナースがベッドに簡易のテーブルを出して、ベッドの端とくっ付けている時にナースの動作をなんとなく見つめた
テーブルをセットしている指先は、あまりにも綺麗に整えられすぎていてナースとして、働く女性では見たことがない
働く女性でも指先を綺麗にしている人は多いけど、それでも指先のシワやたるみはある程度出てくる
それが今の彼女には全くない上に、爪もピカピカに磨かれている
ナースであるとは思えない、爪の長さにも疑問を持った
疑問に思いながらも彼女の指先を見つめていると、ふわりと香ってきた匂いに彼女は本物のナースとして働いていないのだと分かった
ナースは仕事上、嗅覚も使う仕事であり異常を感知する部分でもある
ましてや香水は様々な人が入院する病棟で、毛嫌いする人だって中にはいるし患者によっては、副作用などで嘔吐をしてしまう人もいるだろう
そんなとこで香水を付けてくるとは到底思えない
それに安室さんの突然の意見を変えた事を考えると、彼女は安室さんに関連する誰かだと考えた方が妥当だろう
目の前に簡易テーブルに置かれたお昼ご飯を見てから、ナースへと顔を上げてありがとうございますとお礼を言う
すると、小さく頭を下げてから病室を出て行った
ドアが閉まるのを見送ってから小さく溜息を吐いた
それを見ていた安室さんが立ち上がった



「清華さん、僕が戻ってくるまでお昼ご飯には手を付けないで貰えますか?
一緒にお昼を食べたいので!
席を外すので少し待ってて下さい」
『分かりました…』



心配するなと言うように頷いた安室さんに頷くと病室を出て行った
不安に思いながらも手に持ったスマホを一度見つめてから、窓へと視線を向けた



『………一緒に食べたい、か…』



まるでその言葉は付き合っているような感覚になる
警察学校の時は、私と降谷は今のように友達以上恋人未満の関係だった
それはお互いに暗黙の了解として、気持ちは伝える事はしなかった
お互いがなろうとしてる職業を考えるといつ死ぬか分からない
だから、警察学校を卒業すると同時に降谷とは連絡をするだけになっていき、徐々にその連絡も途絶えがちになって四年前にはもう完全に途絶えていた
それが今ではこうして彼と会って、まるで昔に戻ったように二人の時だけは気を許してしまう



『……言えるわけないわね…』



そう小さく溜息を吐いて、考えを変えるように今回の事件を伝えなければいけな今までの人が居るなと思う
一番最初に思い浮かべたのは、刑事時代の部下である笹島を思い出す
彼は、私の悪い癖を受け継いだのか今回の未解決事件を私が自宅謹慎を命令されてから、単独捜査をしていたみたいで、それが上に知られてしまい刑事から左遷させられてしまった
交番勤務になってしまった笹島に、会いに行った時は何度も謝った
だけど、笹島はそんな事をしないでくれと言って謝罪を辞めさせられた
彼はいつものようにへらへらと笑って、似合わない制服を正して敬礼をしていた
やっぱり笹島はスーツが良いねと笑って言った私に、笹島はえー!なんて声を上げて不満気だった
彼にも事件が解決したと言う事を伝えなければと考えながら、スマホを弄りつつ簡易テーブルに置かれた昼ごはんへと手を伸ばす
食器を持って匂いを嗅いでみる
安室さんからの言葉もあり、食べる事はしないが気にはなる
何か入ってるのではと思いつつ、箸で突いていると部屋に戻ってきた安室さん
箸を持っている私に一瞬驚き、駆け寄ると切迫したような表情で少し声を荒げた



「食べたんですか?!」
『い、いいえ』
「はぁー…」
『…あ、あの、安室さん?』
「清華さん、これは下げておくので一階のカフェに行きませんか?」



冷や汗を流しつつも苦笑いで、そう尋ねて来た安室さんに頷いて車椅子に乗り点滴を引きながら、病室を出てカフェに向かう
安室さんが片手にさっき配膳されたお昼ご飯を持って、エレベーターの近くにある返却口にそれを返してから、車椅子を押してエレベーターへと一緒に乗り込んだ
一階にあるカフェに入り、そこまで混んでいなかったおかげで、少し待った程度で席に通して貰えた
席に着いて、メニューを見ていると目の前の席に座った安室さんが話し始めた



「貴女には驚かされますね…」
『え?なんでですか?』
「さっきの配膳されたご飯を食べようとしてたじゃないですか…
僕が食べないで待ってて下さいと言ったのに…」
『いや、何が入ってるのかなーってつい気になって…』



あははと苦笑いを浮かべると安室さんから溜息が聞こえた
申し訳ないと思いつつ、メニューを決めて店員を呼んで注文をした
店員が離れて行くと安室さんはまた話し出した



「お腹が空いてるのは健康な証拠ですけど、ちゃんと言う事はきいて下さいね?」
『はーい…』



呑気な声でそう返した私を安室さんは、苦笑いを浮かべるだけだった
それからは他愛もない会話をしながら、お昼ご飯を楽しんだ
さっきの怪しいナースの事はあえて触れなかった
彼の仕事で私に接触して来ようとしたのは、疑わしいところを聞き出すためだったのだろうと推察しつつ、カフェを出て病室へと戻る



『…久米沢……逮捕されますよね?』
「…えぇ、毛利先生が解決して下さったんですよね?」
『えぇ』
「それなら大丈夫ですよ!」



あの時のようにまた息子のために、警視庁長官が事件自体を事実とは異なる結果を公表するのではと不安がよぎった
だけど、その不安は取り越し苦労だったようにスマホが着信を告げる
スマホの画面を見れば、美和子の文字が書かれていた
安室さんに視線を向ければ、良いですよと笑ってくれたのを見て、病棟の待合室へとやって来て電話に出た



『もしもし?』
「!清華さん!久米沢響也を逮捕しました!」
『………、そう…っ良かった…』
「久米沢響也の逮捕で警視庁長官は辞任するとの事です!」
『……』



その言葉を聞いた途端に、やっと今までの葛藤との戦いが終わるのだと思えた
全てに決着が付いたような気がして、脱力して俯く
それを見ているだけの安室さんは、何も言わないまま事の成り行きを見定めていた
解放されたのだと思っているのに、息苦しいくらいの虚しさはいつまでも消えはしない
涙は出ない
でも、どうしてか言葉が出なかった
電話の向こうで美和子が、声を震わせて胸の内を伝えて来た



「清華さんっ……、…もう終わったんですよ…ぅ……もう…」
『……そうね…』



遺族にとってはそれで終わる訳ではない
だが、やっと自分がして来た事が報われたのだと思うと体の力が抜ける
大きく溜息を吐いた音が、美和子にも聞こえたのか私を呼んだ



「ちゃんと…おばさんと話して下さい……っ…おばさんと今までの事、全部…」
『……ええ…
母さんとも…話してみるわ…』



美和子はずっと私と母さんの関係を心配していたのだ
涙ながらに話す彼女の声に心を打たれ、胸の奥が苦しくなった
一人で捜査するべきだと思って、誰も巻き込まないように単独捜査に踏み切ったけど、それでも私を心配してくれていた美和子
たまに連絡をくれていたのも、私がいつか手を貸して欲しいと言うのを待っていたからだと思う
それでも、彼女はいつも無理しないで下さいねと言って、刑事でありながら一般人である私が捜査している事を黙認していた
目暮警部に知らせず、いつかこの事件の真実を公表出来る日を夢見ていたのだと思うと、美和子にも母さんと同じような気持ちにさせていたのだと気付く



『……美和子、ずっと待っててくれてありがとう…』
「…っ……そんな事言わ、ないで下さいよ…、…そんな事言われたら、怒れないじゃないですかっ…」
『怒る気だったんだ…ゴメンゴメン
でも、感謝してる……美和子は、私が成りたかった刑事そのものだよ』
「!……っぅうう……」


電話の向こうで声を上げて泣き始めた美和子に、高木くんがあたふたしているのだろうと言う事が目に浮かび、笑みがこぼれた
すると、電話の向こうから白鳥くんの声が聞こえて、どうやら事情聴取はこれからのようだ
それに反応するように高木くんが佐藤さんと優しく声を掛けるのが聞こえて、二人の関係を察する事が出来た
美和子が私に断りを入れて、それではまたと言ったところで高木くんと仲良くねと最後に残して通話を切る
電話からは慌てるような美和子の声が聞こえたけど、それさえもおかしくて泣き笑いをするように表情がちぐはぐになっている
通話を切った途端に、頭は現実へと戻り晴れない気持ちが戻りはしない時間と人が一人亡くなった事実が、変えようのない結果でまた自分を責め立てるようで…
俯いたまま顔を上げる事が出来ないでいた
すると、そんな私の頭に乗った何かがわしゃわしゃと髪の毛を掻き乱す
頭を撫でる安室さんの手は、少し乱暴に髪を乱すのは私の顔が見えないようにしてくれているのだろう
それ以上の言葉も行動も人目があるこの場所では、憚られるせいか頭に乗った手が暖かく感じた
どうしてこうも彼の前では素直になれるのかと自問しながらも、涙を堪えて唇を引き締めて髪の毛がグチャグチャになって行く
だけど、それは涙を堪える顔が見えないようにわざとそうしているのだと知っている
何も話さないままだった私の背中を優しく摩ってから車椅子を押して、病室へと導いてくれた
病室に入ると警戒するように病室を見渡した安室さんは、小さく息を吐いてからベッドに座るよう促す



「紅茶淹れますね
紅茶を飲めば少し落ち着きますよ」
『……ありがとう』
「……どういたしまして」



彼が居てくれた今に感謝したいと思えた
力が抜けそうになった私を支えてくれたのは、まぎれもない降谷だ
あの頃から変わらない優しさにまた救われたのだと思うと、一人ではないのだと実感した…




end

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