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□ままならない神さま
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私の最初の記憶は、確か夢を見ていることから始まった。
普通の人間は、夢を見ている時間の方が現実よりも短かい。
けれど私は、目を瞑っている時間の方が遥かに長い生活をしていた気がする。
そのことから言えば、現実こそが私にとって夢だった。
昔のことはまるで分からないが、そこでの私は自分を包む『繭』のようなものに守られていた。多分。
それでも私は夢を見続けていた。何かに、縋る夢だ。自分の『幸せ』に、飛ぶ夢だ。そこに、歩いていく夢だ。
それが、どこまでも、どこまでも私に歩くことを可能にしていた。
そんな私を目覚めさせてくれたのは、たった一つの言葉だった。
たった一つの言葉が、私を、救ってくれた。
「グレルさん。」
廊下を歩くグレルさんの背中をとらえた。恐らく、私達の部屋に向かっているのだと思われる。
追いつき顔を覗き込もうとすると、彼の手が唸るのを甘んじて受け入れた。胸の中心をぶん殴られ、呼吸の乱れが著しくなる。
でもそれで安心した。眼中に入れてもらえなくなっていないことに。
「グレルさん。すいません。」
返事はない。端正な顔を、揺るがず真正面に凝視し睨みつけている。
「すいません。」
馬耳東風である。埒が明かない。その姿はいつかの、ウィリアムさんの時と同じようで。
グレルさんが速度を加速する。追い縋ると蹴られ、だから黙って、抱き着いた。
ぴた、と立ち止まる。部屋はすぐそこだったため、このまま入れてもらえないという状況にならずに済んだことに安堵する。
回す手からは、男性らしい少し硬めの筋肉と冷ややかな体温。それを、横からというかなり不恰好に抱き着いた。
私が、自分からこうするなんて珍しかったからなのか、グレルさんはようやく減速し、私を見下ろした。
「すいませんでした。グレルさん。」
最後にもう一度、謝る。その際に膝蹴りが脇腹に入ったけれど、気にも留めない。
問題が解決してからだ。全ては。
彼の固く結ばれた唇は何も語らず、何も言わず。
だけど一拍遅れるかのように、独り言みたいな言葉を漏らした。
「部屋に入ってから。」
零れた言葉は短く、まだ内包しきれない怒りは感じられるけれど、私は「ありがとうございます。」という他なかった。
部屋に向かって歩きだしたときに離れようとすると鳩尾を殴られた。気にしない。
風景よりも重要視されていることが、ただ嬉しかったから。