main 

□哀れな硝子玉
1ページ/4ページ


「唯!!」


叫んだ先に、彼女がいた。部屋のドアから出て行こうとする唯にマダムは、必死になって呼びかけた。

「グレルはあなたのこと、愛しているのよ。」

唯はマダムを見返し、

瞬きをひとつした。




マダムにとって、何もない時間は恐い時間だった。
色々なことを考えちゃうのよ、と冗談めかしたように笑っているのに、
その目は独りが浮き彫りになっていたのを唯は覚えている。

でもこうして、マダムに膝枕をするのは数か月ぶり、実に2度めであった。


「眠い…」

「寝たらどうです?」

「ん…もう少し起きてるわ……。」


今日は夜会に出席する予定はないらしい。
だから病院から帰った後、マダムはすぐにこうして寝転がって、私の膝を占領しているわけで。
グレルさんは少しどこかに出かけている。


「…………。」

「…寝ました?」

「寝てないわよ……」


マダムは、最近よく眠る。

疲れてるのかな。心が摩耗したのかな。まあ、私には関係ありませんが。
でも、その姿は少しだけ……以前の私に似ている、気がする。多分。


「……シエル。」

「はい?」


いきなり何かの名称をあげられ反射的に返事をする。
膝の上の彼女は、目を閉じたまま話を続けた。


「ほら、一回会ったじゃない。私の、甥っ子よ…。」

「……ああ。」


確か、数か月間行方不明だったマダムの甥? 詳しいことはあまり思い出せない。
でも、少しは思い出せる。
行方不明の後、彼女を頼ってきたらしい、その少年はこの屋敷に少し寄った。
マダムが駆け寄り潰さんばかりに抱きかかえたとき、ドアの陰にいた私と目があった。
一瞬、目があった。目の前の叔母である女性の、実に人間的な反応にも全く乱されない。
時折返事はするが、義務感を溢れ出させて人間をやめている気がした。
そして私と目があった大きなその、隻眼となっていない方の目は

冬の死体のように乾ききっていた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ