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□夢くらい、きっと
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「あなたは、忘れたいことがありますか」

そう、投げかけられた。
春がぽろぽろと零れ落ちる、昼下がりだった。






墓場を他人と歩くのは初めてのことだった。

いつもの現世の視察を終え、もう閻魔庁に帰るだけとなったお香に、
「少し、付き合ってくれませんか?」と鬼灯が、珍しく寄り道を誘ったのだ。

電車を乗り継ぎ、バスに揺られてかなり経った気がする。
気付けば閑散とした墓地に着き、前を行く鬼灯の三歩後ろを距離を空けて着いて行っていた。



墓場は広かったが、ひどく寂しい場所であった。
当たり前よね、と落ちていた小枝を躊躇なく踏み砕きながら進む後姿を見て思う。


少なくともここにある墓石と同じ数だけの人間が、亡くなっているのだから。楽しいはずがない。

ここにいるのは鬼灯と、自分と、あとはお骨だけである。

「ここあたりです。」



突然の明瞭な声に思わず立ち止まる。
すると、一つの墓石の前に鬼灯が立っていた。

墓地に着いてからずっと、
後ろ姿しか見ていなかったのでいつもとは違う横顔に少しだけたじろいだ。

「……何が?」

「確かこのあたりに、私の村がありました。」



どうやらこの墓石の住人とは全く関係がないらしい。

ぽつり、と零れたように呟き、2人は黙り込んで佇んでいた。

村、とは、彼が生まれた村だろうか。

自分が鬼灯と知り合ったのは、互いが子どもの姿の時だったのだがそれは彼が、人間だったときのことか。

お香は少し驚いていた。自分には知らない鬼灯がいることに。
まあ、当たり前ね。と、思う。
自分が知っていることは全てではないのである。と一人で納得した。


「ここに、村の長の家がありました。」


つい、と白く筋張った指が黒い墓石の辺り一帯を、
円を描くように示す。
そこには井戸が。あちらには畑が。と唱えるように言いながら指を指すから、

興味本位で、聞いてしまった。つい、口を開いてしまった。


「鬼灯様の子供時代って、どういう風だったのかしら?」


ぴたり、と止まった。電池が切れるように、

まるでそういう玩具が動きを止めるように、止まった。



しまった。聞いては、いけないことだった。

と気づくまでに時間はさしてかからなかった。
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