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□穴
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みどり さらさら よかぜがふいて
おほしさま キラキラ
まだ寝ぬぼうやに 銀の吐息をふきかける
ひとつ、ふたつと 夢浮かび
愛しいこの子は眠りについた
眠れよぼうや 静かにねむれ
おひさまてらす、その日まで…
グレルはきっと唯の、
烏の濡れ羽色のような柔らかい黒髪も、病的なほど白く冷たい肌も、怖気が走るほど整った顔も、ピジョンブラッド、最高級のルビーのような瞳も、
人間じみていない心の在り方も内臓も、全てが好きなのだろう。
愛おしくて愛おしくて堪らないのだろう。と、アンジェリーナ・ダレスは思っていた。
「ちょっとグレル!! あんたまた物置く場所間違えてるでしょ!」
「す、すいません〜。どうかお許しを、お許しを〜!」
この、馬鹿!!反省しなさいよ! と派手に怒る。ふりをする。
ごめんなさいごめんなさい死んでお詫びいたします申し訳ありません、と滑稽なほど謝り続ける。ふりをする。
背後で部屋に案内されたまま入り口で立ちつくす羽目になっているヤードが、
やれやれと失笑気味に肩をすくめる気配を感じながら、
「もういいわ。行きなさい。」
と大げさにため息を吐き、ぺこぺこと頭を下げながらグレルは下がって行った。
その後ろ姿を目線だけで見送りながら、
まだ若く青二才といった風情の警官が心配そうに、実際心配しているのだろうが、
「彼大丈夫ですかね?」と聞いてきた。
「まだ雇い始めたばかりで、馴れないところがあるんでしょう。
じきに何とかなりますわ」
「いえでもつい先日お伺いした時も、
力加減を間違えたとかで盛大にお屋敷中の窓ガラス全てを叩き割っていましたし…」
「あの時は本当にお見苦しいところをお見せしましたわね。
ごめんあそばせ。お気を悪くなさらないで下さいまし」
「あ、いえいえ…。
ところで、ここには他に使用人がいないのですか? そうしたら、」
ゴホン、とわざとらしい咳ばらいを、若い警官と一緒に来ていた如何にも熟練といった風情のいかめしい初老の男がした。
そこでようやく、不躾な質問をしたと気づき口をつぐむ。
「世間話はここまでとして…。
マダム、貴方のほうもご多忙でいらっしゃるでしょう。
だが善良なるロンドン市民として、捜査にご協力願えますかな?
……jack the ripper(切り裂きジャック) について、ね」