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□原始的欲求
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両親の名前も顔も知らない。

兄弟姉妹がいたのかも分からない。
だが興味はなかった。元からいないような感覚だ。
そもそも望まれて生まれてきたのかもさえ怪しいような状況の中、
知ろうとするだけ無意味で無駄な行動を自分がしたくなかったということも一任している。


















それが自分の名前だった。
その名を聞いただけで一瞬で自分の身分が分かる、実に便利な名前だった。

召使い、といえば聞こえは若干聞こえはいいが早い話 奴隷のことだ。
好きでそう生まれたわけではないが人間皆そういうもの。
生き方に選択の余地は多少なりともあるにしろ、生まれてくる親は選べない。そういうものだ。



気付いたら村にいた。
それと同時に、働いていた。子どもの身ながら大人と同じくらい、
いや下手をしたらそれ以上に働かなければいけなかったことを覚えている。
働かなくてはいけなかったのだ。
他にも同じような境遇の子供もいたが、その一人は桶の水を全てこぼしてしまったので嬲り殺しにされた。

人の手ではなく、村で飼っている狩猟用の犬に喰われて殺された。
別に彼は悪意があってそうしたわけではない。

ただ、腹が空いて空いて仕方がなく、せめて水でも飲もうと思い、その時栄養不足で足がふらついてしまっただけなのだ。

それを自分は知っていたが言わなかった。

言っても仕方がないことだ。
今日は犬に餌を与えなくて済んだと笑いながら見物していた村人の横で、仕方がない、と呟いた。



朝は自分たちの番をしている人間に叩き起こされ、働き、ありもしないミスを責められ叩かれ毎日毎日、泥にまみれてごみにまみれて、
みすぼらしい村でも一際汚らしい恰好をした自分は色々な侮蔑にさらされてきた。
まあ、実のところは覚えてすらいないのだが。

当たり前のようにそこには、蔑みの言葉があったのだから。

叩かれて叩かれて、痛くて堪らなくて眠れない夜は、吹きさらしの窓から空を見た。

底なんてないような暗い夜空は嫌いだったが、銀色の光を放つ月はもっと嫌いだった。




嫌いだった。何もかも。
村人もこの村もこの世界も、なにより自分が嫌いだった。
嫌いで嫌いで、堪らなかった。
死ぬことすらできないほどこの世界は、乾いて、単色で、味気ない、砂のような色と味の世界だった。



でも、貴方がいた。貴方が、私に色をくれた。

貴方が、私を見つけてくれた。

貴方が…。
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