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□夢くらい、きっと
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「……私は、みなしごです。村の為だけに働いて働いて働いて……。
結局、死ぬまで人間らしい扱いを受けたことはありませんでした。」

「…ごめん、なさい……」

「いえ…。私の方からふった話題です。
こちらこそ気を悪くするような返事をしてしまいすいませんでした。」


慰めるように言う鬼灯の言葉だったが、どこか硬く。
それは自分のぶしつけな質問に対する棘ではなく、今なお消えない怨嗟の念からくるものだった。



人の身で、しかも子供でどれほどの恨みや憎しみを持てば鬼になれるのだろうか。

それはお香には到底考えられない世界だった。きっと一生かかっても分からない世界だった。




「あなたは、忘れたいことがありますか」




そう、投げかけられた。
気まずくなってしまい、お互い黙り込んだあとだった。
突然の問いで、少々面食らったが ああこの人はこういう人よね、と思い直し会話を続行する。


「そう、ね。忘れたいものなら、まあいっぱいあるわ。」



仕事の不始末や嫌な同僚との付き合い。
山ほどある書類ややらなくてはいけない煩雑な作業、などなどだ。


「…でも今一番忘れたいのは、
飼っていた蛇が、逃げ出しちゃったことかしら」



「逃げ出した?」



「ええ。朝見たらいなくて、家中探したけれど、いなくて。
…逃げ出したんだって、分かったわ。」




言い淀んでしまった私の顔を、鬼灯様は暫くいつもの無表情で見上げていた。

いなくなった蛇のことは悲しかったがそれでも今話すまでは、忘れていたのだ。

とても悲しかったはずなのに、ぼんやりとしか思い出さなくなっていた。
そして多分、じきに忘れる。完全に。


そうなればいいと思った。
蛇がいなくなったことなんて、歴史にも刻まれない、些細すぎる事だ。
それだけのことだから、忘れても、いいのだ。

忘れた方が、きっと。
未練がましく思われ続けるより、相手も幸せなのだ。



薄い雲の隙間から光が差し込み、

ぼんやりと私達を照らした。

鬼灯様は何も言わなかったが、そうですか、とぼそりと言い、近くの小枝をまた、ぼきりと踏みつけた。


「仲良くなったことも、忘れたのですかね。」

そうですか、と、また口の中で呟くように、
独り言のように言った。
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