短編小説

□Natural smile
1ページ/4ページ


『ごめん、最近忙しいから、しばらく会えない』

 画面に浮かんだ言葉を見て、スマホを放り投げた。

 忙しい?
 フルートを吹く暇はあるのに、私と会う時間はないと言うの?

 半年ほど前に恋人になった池原光貴先輩は、とにかく優しくて文句のつけようがないくらいハイスペックな人。そのかわり(と言っちゃなんだが、)なかなか変わっている。

「平日は研究する日で、休日はフルートを吹く日だよ!」

 平然とこう言ってのける。
 半年間、一度もデートをしていない彼女の前で。

 まあ、仕方ないとは思うよ。研究はしなきゃいけないし。フルートはやりたいんだろうし。

 それでも──。

 無茶だとはわかっている。けれども、せっかく恋人になったんだから、もう少し構ってもらいたいじゃん……。

 不貞腐れてベッドに仰向けになっていると、しばらく途絶えていた通知音が鳴る。

 ハッと飛び起きて、スマホにかじりつくが……。

「メールか」

 先輩とは、トークアプリを使って話すことがほとんどだ。メールはめったに使わない。

 大方、親だろう。少々落胆してそれを開くと、

「誰だ、この人?」

 知らないメールアドレス。そしてさらに、文面も眉をひそめたくなるものだった。

「えっと、こんばんは。渋谷深雪さん……」

 はじめまして。私は実は、あなたの恋人の双子の兄です。

「ははっ。何これ。迷惑メール?」

 面白がって読み進めていくと、だんだん面白がってはいられなくなる。

「な、何なの、この人。なんで先輩のことこんなに詳しいの……?」

 生年月日や通っていた学校名、飼っていたペットの名前など。
 気持ち悪いほどの詳細が、そのメールに綴られていた。

「信じていただけましたか? 弟のことで話したいことがあります。明日10時に以下の場所にきてください……」

 有名な待ち合わせスポットの名が記されていた。

「……」

 私は、少し考えて、そのメールをごみ箱に移動した。
 どう考えても気味が悪い。
 見なかったことにして、明日もだらだらしていよう。

 私は、再びベッドに横になった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ