短編小説
□Natural smile
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『ごめん、最近忙しいから、しばらく会えない』
画面に浮かんだ言葉を見て、スマホを放り投げた。
忙しい?
フルートを吹く暇はあるのに、私と会う時間はないと言うの?
半年ほど前に恋人になった池原光貴先輩は、とにかく優しくて文句のつけようがないくらいハイスペックな人。そのかわり(と言っちゃなんだが、)なかなか変わっている。
「平日は研究する日で、休日はフルートを吹く日だよ!」
平然とこう言ってのける。
半年間、一度もデートをしていない彼女の前で。
まあ、仕方ないとは思うよ。研究はしなきゃいけないし。フルートはやりたいんだろうし。
それでも──。
無茶だとはわかっている。けれども、せっかく恋人になったんだから、もう少し構ってもらいたいじゃん……。
不貞腐れてベッドに仰向けになっていると、しばらく途絶えていた通知音が鳴る。
ハッと飛び起きて、スマホにかじりつくが……。
「メールか」
先輩とは、トークアプリを使って話すことがほとんどだ。メールはめったに使わない。
大方、親だろう。少々落胆してそれを開くと、
「誰だ、この人?」
知らないメールアドレス。そしてさらに、文面も眉をひそめたくなるものだった。
「えっと、こんばんは。渋谷深雪さん……」
はじめまして。私は実は、あなたの恋人の双子の兄です。
「ははっ。何これ。迷惑メール?」
面白がって読み進めていくと、だんだん面白がってはいられなくなる。
「な、何なの、この人。なんで先輩のことこんなに詳しいの……?」
生年月日や通っていた学校名、飼っていたペットの名前など。
気持ち悪いほどの詳細が、そのメールに綴られていた。
「信じていただけましたか? 弟のことで話したいことがあります。明日10時に以下の場所にきてください……」
有名な待ち合わせスポットの名が記されていた。
「……」
私は、少し考えて、そのメールをごみ箱に移動した。
どう考えても気味が悪い。
見なかったことにして、明日もだらだらしていよう。
私は、再びベッドに横になった。