短編小説
□騙す
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「……騙したな」
行麿は、鋭い瞳で高橋を睨み付ける。
高橋は軽く笑って、彼を見下ろした。
「騙す? 騙すなんて人聞きの悪い。お前が勝手に信じただけだろう? 真実しか口にしちゃいけないなんてきまり、どこにもありゃしないんだぜ。お前が、お人好し過ぎただけだ」
高橋は、小さな箱を顔の前に持ってきた。彼に見せつけるかのように。
「ルールなんてあってないようなもの。今回は、俺の完全勝利だ」
彼は、高らかに笑う。
行麿は一つ息をついて、彼の顔を見つめた。
「そうだね。僕の負けだよ。僕は、君を信じ過ぎた。人なんて簡単に信用するものじゃないね。ただ……」
ふっと遠くを見つめる。
「ただ、君のことは信じられる気がしたんだ。短い間だけど、一緒に泣いたり笑ったり。たくさんの思い出を共有してきた。僕は、とても幸せだったよ」
再び、高橋の目をのぞき込む。
「ありがとう」
カラッ。
高橋の手から、箱が落ちる。
行麿は静かに微笑んで、その場を後にした。
「……何やってんの、お菓子の一つや二つで」
一部始終を見ていた奈津が、高橋が行麿の分まで食べてしまったお菓子の箱を拾い、ゴミ箱へと投げ入れた。
コンッといい音がした。