短編小説

□ホワイトクリスマス
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「私、今年も予定がホワイトクリスマスなんですよ!」

 深雪は、いつもどおりのヘラヘラした口調で、大げさに両手を振った。
 はははっと何人かの先輩や同期が笑う。

 今日は、深雪の所属している大学の吹奏楽団のフルートパートでの演奏会お疲れ様会という名の鍋パーティー。

 渋谷深雪は、この春大学に入学したばかりの1年生。高校で3年間吹奏楽をやってきたとはいえ、大学では今回が初めての演奏会であった。本番はひたすら緊張して最初の音が出なかったりしたが、全体的な出来はまずまず。これから場数を踏めば大丈夫、と2つ上の憧れの先輩、池原光貴も励ましてくれた。

 とまあ、そんなことはどうでもよくて、12月中旬に行われた演奏会のあとに待っているのは、年に一度のビッグイベント。しかし、真っ先に述べたように、深雪の予定は「ホワイトクリスマス」だった。

 彼女は、ため息をつきながら取り皿から白菜を口に運んだ。

 予定がホワイトクリスマス──。
 要するに、手帳のクリスマスの欄が白い。もっとストレートに言うと、クリスマスを一緒に過ごす恋人がいない。

 あからさまに街中のカップル率が高まってきている中、焦らないわけがないし、寂しくないわけがない。行く手をカップルが阻んでいると、自転車で引き散らしていきたい衝動に駆られる。

 しかし、恋人を焦って作ってもろくなことはないともわかっている。となると、今この状況を最大限ネタにしていくしかないじゃないか。

「私のクリスマスの予定を空けておくなんて、男ってみんな悪趣味ですよね。それとも、ホモなのかな?」

 再び場が沸く。だんだん虚しくなってきた。
 心の中で涙を流しながら笑っていると、鍋奉行を担当していた池原が口を出す。

「可哀想だね、深雪ちゃん」

 池原は、顔良し性格良しスタイル良し、勉強もできれば運動もできる、フルートも上手ければおまけに料理も上手いというハイスペックな先輩だ。深雪を含め、後輩たちみんなの憧れの的である。
 彼が、ニコッと笑ってこちらを見てきた。

「それじゃあ、俺が予定を埋めてあげようか?」

 箸が止まる。
 深雪は、目を丸くして池原を見た。

「えっ、本当ですか?」
「うーん、じゃあ、研究室早く抜けさせてもらわないとね」

 いつでもニコニコしている池原の真意は、わかりにくい。周りが、おーとかいいねーとか冷やかす。彼は、表情を変えず、鍋に肉を投入している。

 もちろん、期待してはいけないなんてことは、わかりきっている。
 彼は飲んでいるし、冗談に決まっているのだ。

 でも、でも……。

 深雪は、火照る顔を冷ますように、コップの氷を頬張った。
 ふと窓の外を見ると、ふわふわと雪が降り始めていた。

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