なついろ 3

□06
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「ふざけてるんですか!? これじゃあ、本当に誘拐ですよ!」
「そんなこと言われてもな。何度も言うけど、そもそもはお前が……」
「そうじゃないでしょう!」

 言葉が出ない私に代わって、行麿が珍しく感情を露わにする。

「他国の人間を勝手に連れてきて閉じ込めておくなんて、いろいろおかしいだろ。結婚式の出欠以前の問題だ。本当にあなた王家に雇われている身なんですか!」

 彼の怒鳴り声が地下牢に反響する。

 こんなに声を荒げる行麿は、初めて見た。
 思わず、彼が本物なのか疑ってしまった。
 彼は、紛れもなく本物に見えた。

 和樹さんは、面倒くさそうに脚をクロスさせて鉄格子にもたれかかった。

「だから、お前が来ないのが悪いんだよ。こっちだって雇われているんだ。お前を連れて来るのが仕事なんだよ」
「うるさい。心配しなくても逃げないから、今すぐ彼女を日本へ送れ」
「できることなら、そうしたいっつーの」

 にらみ合う2人。不穏な空気が充満する。
 耐えきれずに、私は、大きく息を吸い込んだ。

「あの!」

 私の声が反響する。2人の顔がこちらを向く。ぎこちなく微笑む。

「あの、私は大丈夫です。ちょうど今、家に誰もいないので。本当に明日帰られるなら、別に私、ここにいても大丈夫です」

 大げさに両手を振ってみた。
 行麿が仏頂面で、こちらを見てくる。

「いいのか、なっちゃん。バラして、この男をクビにすることだってできるんだぞ」
「もとはと言えば、あんたが悪いんでしょ」
「……」

 彼が黙る。勝った。
 私は、和樹さんに向き直って、精一杯哀れな声を出した。

「ということなんですけど、この場所だけ何とかなりませんか? 牢屋じゃちょっと、気分が……」
「あ、ああ、そうだよな、そうなんだけど……。ごめん、ここで我慢してもらえるか?」
「なんで!?」

 困ったような和樹さんの言葉に、私と行麿の声が重なる。
 行麿がぐいっと和樹さんに近づいた。

「おい、和樹さん。何考えてるんですか。異国から連れてきてもてなさないなんて、国際問題だぞ」
「だから、お前が偉そうにするなっての。
 仕方ないだろ。あんなこともあったし、今はむしろここが一番安全なんだよ」
「あんなこと?」

 和樹さんはチラリと行麿を一瞥し、

「後で話す。
 ──ああ、そうそう。衛生的には問題ないよ。確かに、この地下牢は数十年以上使われていなかったけれど、最近は言うことを聞かない王子様を閉じ込めるのに使っていたからな」
「誰の話でしょうね」

 王子様はふいっと視線を下に逸らした。和樹さんは鉄格子を弄びながら、何気なく言葉を告げた。

「いやー、でも、お前が誰かのために声を荒げるなんて意外だな。こんなに心を開いたのは、ヒロミさん以来じゃないのか」

 はっと行麿が息をのんだ。
 空気が凍る。

「ヒロミさん……?」

 私が呟く。

 行麿が、ガラス細工のような目をこちらからそむけて、背を向ける。

「……すみません。そういえば、まだ家族に挨拶をしていなかったので、してきますね。失礼します」

 無機質な足音が遠ざかっていく。

 私は、鉄の棒を握りしめながら、彼の背を目で追う。

「どういうことですか?」
「しくったな。ちょっとまだ禁句だったか」

 和樹さんは、苦い顔で下唇を舐めた。
 規則的な足音は、次第に小さくなり、そして聞こえなくなった。

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