なついろ 3
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「じゃあ、お母さん、行ってきまーす!」
「ん? 奈津、今日は随分早いね」
「き、昨日、日誌を出し忘れて……」
「そう。鍵忘れないで持っていってよ」
「鍵?」
いつもより30分近く早く玄関に立つ私に、母が呆れ顔で家の鍵を渡す。
「お母さんは今日、奈津が帰ってくるより早く出発するって言ったでしょ。お父さんは今、出張だし。あんた、家入れなくなるよ」
「あ、そっか。今日、金曜日か。はいはーい。じゃあ、行ってきます!」
鍵をカバンに入れて、家を飛び出す。
母は、明日開かれる彼女の従姉妹の結婚式のため、今日中に出発する。
「いいな、結婚式。私も行きたかった」
ぶつぶつ呟きながら、学校への道のりを急ぐ。
校門をくぐってまっすぐ向かったのは、昇降口ではなく、中庭。
2組の教室のちょうど真下あたりに足を向けた。
「あった」
チョークの粉で汚れた黒板消しを見つけ、ほっとして駆け寄る。
落とした黒板消しがそのままだった。誰にも気づかれないうちに、教室に戻しておこう。
かがみこんで拾おうとすると……
「おはようございます」
「わっ!?」
背後から声を掛けられ、びくっとする。恐る恐る振り返ると、Yシャツ姿の若い男性。事務か何かの人だろうか。見覚えはない。
男性はハハハッと笑いながら、こちらに近づいてくる。
「驚かせてすみません。こんな早くから、何をしているんですか?」
「あ、えっと、昨日落としてしまってそのままだった黒板消しを拾おうと……」
そっとそれを拾って、男性に向かい合う。ニコニコしていて、一見優しそうな男性。
でも、この学校にこんな人、いたっけ?
「何故、今頃?」
「え?」
「何故落としたときに拾いに行かずに、今拾っているのです?」
「そ、それは……」
「昨日、ここに誰かがいたから?」
口元には優しそうな笑みを浮かべたまま、男性の目に鋭い光が宿った。
背筋が凍る。
はっと彼の声に聞き覚えがあることに気がつく。
「あなたは……」
「あのとき落ちてきたそれは、明らかに自然落下の速度ではなかった。君が俺の上に落としたんだろう、岩瀬奈津さん?」
「なっ、なんで私の名前……」
私は身構えて後ずさった。どうして気がつかなかったんだろう。この人の声は、昨日のスーツの人と同じ……。
「君を探していたんだよ」
ズボンのポケットから、スプレー缶を取り出す男性。
私は、黒板消しを捨て、踵を返して走り出した。
「いやっ!」
ありったけの力を振り絞って、全速力で逃げる。中庭を抜ければ、誰か人がいるかもしれない。
しかし、相手は大人の男性。
中庭を出ないうちに、がしっと肩を掴まれてしまう。
「ごめんよ。本当は女の子にこんな真似したくないんだけど」
目の前にスプレー缶の噴出口が現れる。バッと顔をそらす。シューッというスプレーの音。甘い香りがしたかと思うと、意識は闇の中に埋もれていった……。