なついろ 3
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「今日も欠席がいなくて、いいことだと思います。これからも体調管理に気をつけたいです……っと。よし、日誌完成!」
シャープペンシルを置き、日誌を閉じる。大きく伸びをする。窓の外から見える空は茜色に輝き、カラスが下校時間を知らせてくれる。
既に誰もいない教室。黒板の左下の『日直』という文字の下の『岩瀬』を消す。黒板消しが汚れていて。なかなかきれいには消えないが、騙し騙し文字を拭きとって、次の日直の名を書いた。
「仕事終わり! 遅くなったし、さっさと帰ろう」
誰もいないので独り言を発しながら黒板を離れようとした。ふと、汚れていた黒板消しが目に入る。
きれいにしたほうがいいよな。一応、日直の仕事だし。
電動の黒板消しクリーナーの側まで持って行って、今朝から調子が悪いことを思い出す。汚れが詰まっているせいらしいが、まだ直っていない。
仕方ない。面倒だけれど、窓のところでパンパン払っておこう。
私はブレザーを手頃な机の上に投げ捨て、黒板消しを両手に窓に近づいた。左手で2つのそれを持ち、右手で窓の鍵を開け、窓ガラスをスライドさせる。
入ってくる風が少し冷たい。
私は窓枠から上半身を出して、2つの黒板消しを勢いよく打ちつけようとした。
「……って言ってるだろ!」
「は? もう1回言ってみろ!」
動作を中止する。
2人の男性の言い争うような声が聞こえる。そのまま目線を下に落とした。
ちょうど真下あたりに、2つの人影が見える。ここは4階。詳細は見えないが、どうやら一人はこの学校の制服、もう一人はスーツを身にまとっているようだ。
「だから、僕は絶対に行かないって言ってるだろ!」
はっとした。この声、しゃべり方には覚えがある。
制服がスーツに背を向ける。スーツがガシッと制服の腕を掴む。
「お前、ふざけてるのかよ? いい加減にしないと……」
スーツがどこからか何かを取り出す。
制服がはっとして暴れる。
「やめろ、離せ!」
スーツがそれを制服の顔に近づける。
私は、思わず、右手の黒板消しを振り下ろした。
徐々に加速しながら、それは落下していく──。
カコンといういい音。
「痛っ! 何だ、これは」
スーツと思われる人物の小さな苦痛の声。
誰かが走りだしたような足音。
私は、それらの音を窓際に座り込んで聞いていた。左手の黒板消しを抱きながら。
「ちっ。逃げられたか。何でこんなものが落ちてくるんだよ」
ブツブツ言いながら、スーツは立ち去っていった。
ふーっと息を吐き出す。
何だったのだろう、あれは。明日学校で質問ぜめにしてやらなくちゃ。
そろそろと注意しながら窓を閉める。
日誌を提出することも忘れて、私は猛ダッシュで帰宅した。