なついろ 2

□08
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「えっ」

 私の驚きの声とともに、2人がステージに入ってくる。あまり人の入っていない観客席のおばさんやおばあさんがざわつく。

「どうも! 大崎拓磨です! みなさん、今年は依頼してくれてありがとうございました。ささやかながら、お礼に2曲ほど歌いたいと思います!」

 わあっと少ない観客が沸く。やっぱり、拓磨先輩のかっこよさは老若男女、世界共通よね……じゃなくて、何これ。

「伴奏を担当するのは、小石川行麿くん! 3時間くらいしか練習してないけど、彼なら大丈夫!」

 備え付けのピアノのほうに移動してマイクを設置している行麿が、観客のほうにぺこりとお辞儀をする。また、観客が沸く。
 ようやく合点がいった。あのとき盗み聞きした会話でこの飛び入り参加が決定して、行麿はずっと練習してたのだ。それならそうと言ってくれればよかったのに。

「それでは、早速、1曲目いっちゃいましょー!」

 拓磨先輩のかけ声に、拍手が起こる。
 私もとりあえず、人に合わせて拍手する。
 ふっと行麿が息を吸うのがわかった。
 軽やかな音色が鳴り響く。私でも知っている、カラオケでも人気らしい有名な曲。
 無表情で淡々とピアノを奏でる行麿。
 剣やら銃やらピアノやら……この人は本当に王子様に違いない。
 前奏が終わって、拓磨先輩が歌い始める。

「♪ねえ、君は……」

 目を細めて両手でマイクを握る姿に惚れ惚れする間もなく、その歌声に圧倒される。さらりと歌っているように聞こえるが、快く耳の奥に残る声。その振動が体中を駆け巡って、全身が痺れそうになる。普段の声よりも低めなその声は、甘く心にまとわりつく。

「かっこいい……」

 呆然としている間に、一曲目は終了していた。拍手が鳴り響いている。
 こんなに歌が上手いとは知らなかった。フィルターをかけていることは否めないが、それにしたって……。

「この曲は、拓磨のカラオケの十八番だからね」
「や、弥生先輩、いつの間に……」

 いつの間にか私の隣に座っている弥生先輩が、前を向いたまま言葉をつなげる。

「あいつは歌い慣れてる曲だからいいとして、行麿くんはすごいわー」
「へえ……」
「最後の曲はバラードみたい。自信ありげで、ちょっとムカつくわね」
「そうですか?」
「そうよ。この曲は告白ソングだし、好きな人に歌ってやるんだー、なんて言って練習してたからね。行麿くんは大変よー」
「えっ。拓磨先輩、好きな人……」
「ほらほら、始まるよ」

 目を丸くして弥生先輩を覗き込むが、彼女はこちらに目もくれず、ステージを指さす。ピアノ伴奏が始まる。私は、仕方なく視線をステージに向けた。心は落ち着かなかった。

「♪好きだよ、なんて……」

 歌声が胸をかきむしる。視線を足元に落とした。
 そうだよね。好きな人とか、彼女とか、いるよね。勝手に舞い上がって、馬鹿みたい。

「♪……君のことが好きなんだ」

 曲が終わる。拍手が鳴り響く。夢の中のようにふわふわしている。

「ありがとうございましたー!」

 口角を無理やり上げて、静かに拍手をする。
 スピーカーの雑音が、やけに大きく聞こえた。

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