君の隣に尺八
□尺八部に入ろう
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「は……?」
想像もしていなかった返答に口をポカンと開けていると、たけはる先輩の口が「やばっ」と動いた。その目は、俺の後ろにピントが合っている。
何だろうと思って振り返ると、
「たけはる、そんなに勿体ぶるようなことでもないでしょ」
「和泉さん!」
いつの間にか、和風美人な尺八部3年生の東郷和泉さんが、俺の背後に立っていた。
先日会ったときは髪を下ろしていたが、今日はハーフアップとかいう女の子が最高に可愛く見える髪型をしている。当然、最高に可愛い。
「いいじゃないですか〜。だって、貴重な部員候補ですよ」
「全く……。そんな方法で本当に入ってくれると思ってるの?」
おちゃらけたたけはる先輩と、呆れ顔の和泉さん。
これがこの部の日常なんだろうな、とぼんやり考えていると、和泉さんが俺の横に腰を下ろす。
「ごめんね、淳平くん。たけはるが変なこと言ってたら謝るわ。この子は、実家が怪しげな祈祷師をしてるってだけで、大したことないから」
「あ、いえ、別に、そんなこと……」
近くで見る和泉さんの眉が、申し訳なさそうに下がっている。
実家が怪しげな祈祷師って、大したことじゃないのか?
「もう、和泉さんってば、怪しくありませんよ。正真正銘、うちの家系は物の怪を祓うことができるんですー」
「はいはい。──まあ、たけはるが何か人とは違うってことは、この1年で何となくわかったから、淳平くんもそんなに怖がらなくて大丈夫よ」
「は、はあ」
和泉さんの柔らかい微笑みにぎこちなく頷く。
相変わらず美しい。
ただ……。
ただ、おかしな集団と関わってしまった気がしてならない。
本当は、これ以上関わらないのが正解だとは思うが……。
足元にある尺八が目に入る。
この、幻の尺八とかいう怪しげなものを持っている限り、俺もおかしな奴なんだ。
そして、これは、何故か俺から離れない。
「うーん……」
平凡でエンジョイな大学生活は離れていく。
俺は、一体、どうしたらいいんだ?
「尺八部に入ろう!」
「え?」
たけはる先輩が、突然、人差し指と親指で俺を指さす。
あまりにタイミングがよかったので、ドキッとした。
この人、物の怪が見えるだけじゃなくて、心まで読めるのか?
お、おい。お前が心を読めるなんて知ってるんだぞ。ばーか、あーほ。
「たけはる、急にどうしたのよ。私も折を見て言おうと思ってたけど」
「いやあ、なんか、話逸れちゃったから」
心の中で幼稚な言葉で罵っても全く反応がないところを見ると、心までは読めないらしい。
そ、そんなの当然だよな。わかりきってたよ。
「そうね。淳平くん、尺八部に入らない?」
「……」
改まった和泉さんの言葉に、一瞬止まってしまう。
正直、考えていないわけではなかった。
この変な尺八のことを知りたいとも思っているし、何より、須藤さん達に教えてもらって少しずつ音が出るようになるのも嬉しかった。
でも、金澤とかいう尺八コンテストで入賞したすごい1年も入るみたいだし、そもそも、あいつと気が合うとは思えないし……。
うだうだ考えこんでいる俺に、たけはる先輩がスマホをいじってニヤッと笑う。
「はい。今入部を決めたら、去年海に行ったときの和泉さんの写真プレゼント!」
「入ります」
「こら、たけはる。淳平くんも、そんなものに釣られない」
俺は、何の迷いもなく即答した。
こうして、俺は尺八部の部員となった。
ちなみに、後日、約束通りもらった写真には、長袖長ズボン、サングラスに大きなハットを被った、日焼け対策バッチリの和泉さんが写っていた。
騙された。