君の隣に尺八
□尺八部の人々
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「すみません、入部希望なんですけど」
淡々とした声のほうを振り返ると、ぼさぼさな髪型、黒いウインドブレーカーにジーパンといったぱっとしない格好の少年が立っていた。
「き、君はまさか!?」
今まで俺に集まっていた注目が一気にその少年に注がれる。
須藤さんが眼鏡をかけ直した。
「高校生にして去年の尺八のコンクールで入賞を果たした注目の若手、金澤涼雅くんじゃないか!」
「まあ、そうですけど」
少年のリュックサックから飛び出しているのは、深緑の布に包まれたおそらく尺八だろう。
たけはる先輩が、さっきまでの神妙な面持ちは嘘だったかのように金澤に駆けよる。
「君が金澤くんか! 探したよ。来てくれてありがとう! あ、うちの名前はね……」
「存じ上げております。野生の勘で尺八を吹きこなす、明るい性格が尺八界の偉い人に評判の高い武田晴佳、通称たけはるさんですよね」
「おおっ」
たけはる先輩が、丸い目をさらに丸くする。
彼女、案外すごい人だったんだな。
金澤が、得意げに部室を見渡した。
「この部活の人はみんな有名ですよ。
尺八のためならたとえ火の中、水の中。尺八が半径5m以内にないと禁断症状が出てしまう須藤悠助さん。
家はお箏の名家、その美貌からは想像のつかない力強い音を奏でる東郷和泉さん」
「へえ、よく知ってるわね。じゃあ、この子も知ってるんじゃない?」
和泉さんが、にこにこと俺の肩を叩く。
俺は、どぎまぎしながら、金澤と和泉さんを見比べた。
金澤は、難しそうに首を傾げている。
「え、あんたは新入部員? 俺の同世代に目ぼしいやつなんて……」
「あ、いや、知らんと思います、はい。山岸淳平です。よろしく」
愛想笑いを浮かべるしかない。この数十分でいろんなことが起こりすぎて、もはや俺にはそれぐらいしかできないのだ。
「山岸……?」
しかし、俺の太陽のような笑顔とは裏腹に、金澤は一気に顔をしかめた。
何だ? こいつ、感じ悪いな。
「山岸って、まさか、あの山岸?」
また出た。「あの山岸」。
なんと返したらいいか考えていると、須藤さんが横から割り込む。
「そうだよ、あの幻の尺八を持つ山岸家の末裔だよ!」
「幻の尺八……」
彼の視線が、俺の手の中の尺八に移る。
そして、ゆっくり顔を上げると、まっすぐ俺を睨みつけた。
「俺は、認めない」
「は?」
「俺は、幻の尺八とか、山岸家とか、絶対に認めない」
「はあ?」
初対面でいきなり認めない宣言をされてしまった。
俺は口をあんぐりと開けたまま、彼の言葉の続きを待った。
「尺八っていうのは、素晴らしい楽器なんだ。それを物の怪退治とかわけのわからないものに使うなんて、ありえない! 尺八は、その音で人を感動させてこそ、尺八なんだ!」
「はあ……」
これまた面倒くさそうなのが増えたぞ。
両手を広げて尺八のあり方について熱弁している金澤に、愛想笑いが次第にひきつっていくのがわかった……。