君の隣に尺八

□Let's try 尺八
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「実は、うち、代々物の怪退治をやっててさ」
「はい……?」
「さあ、早くその尺八を吹くんだよ、淳平」

 説明は終わったとばかりに、たけはる先輩が晴れやかに笑う。

 いや、待ってくれ。何もわからない。

「というか、俺、そもそも尺八なんて吹けないし……」
「おっ、それなら教えてあげるよ。まず、穴のないところに中指を置いて持つんだ」

 俺の言葉に、こちらも顔を輝かせた須藤さんがレクチャーを始める。
 何だかよくわからないまま、それに従ってみる。

「歌口に息が当たるように構えて。息は中に入れずに、まっすぐ前に出す感じで。上手いこと当たれば音が出るよ。自分で角度とか変えて色々試してみて」

 歌口って、ここの斜めになっている吹き口のことか?
 なるほど、息は中に入れずにまっすぐ前に出して……。

 シュー……。シュー……。

 息の抜けるような音だけが、部室に響き渡った。

「何やってるの、淳平。早くしないとあいつに食われるよ」
「そんなこと言われたって……」

 当然、楽器なんてリコーダーくらいしか吹いたことのない俺にできるわけもなく。

 呆れ顔のたけはる先輩を、須藤さんがたしなめる。

「いやー。尺八は初めて音鳴らすの、結構難しいじゃないか。コツが必要だし、その尺八は特に癖強そうだからねー」
「え、そうなんすか……って、うわー、動き出した!」

 危うく尺八を放り投げそうになりながら、飛び上がった。

 お札のようなものを貼られて大人しくなった「物の怪」が、再びもぞもぞと動き始めている。

「ど、どうしよう。食われる……?」
「落ち着いて、淳平くん」

 柔らかく声をかけたのは、和泉さんだった。

「ごめんね。私たちには見えないんだけど、いるのね?」
「えっ……」
「落ち着いて、尺八を構えて。そう、吹いてみて」

 自然と体が動く。音にならない音が、再び管を通過する。

「ちょっと歌口が下過ぎるのよ。それじゃあ当たらないわよね?」

 和泉さんの手が、楽器の高さと角度を調節する。
 思わぬ距離の近さに、心臓が跳ねた。香水のようなフローラルな香りが、鼻腔を刺激する。

「どこも押さえないとピアノのレの音が出るよ。やってごらん」

 煩悩を追い払うように、腹の底から息を吐く。

 しゅうー……
 ……ポーン……。

「おおっ!」

 先輩たち3人の声が重なる。
 同時に、

「あ……」

 黒い化け物がどろりと形を崩して消えていった。まるで、スニーカーについた泥がシャワーで洗い流されるように。

「何だったんだ、今の……?」
「すごいじゃないか、山岸くん! 初めてにして音が出るなんて!」
「ふふ。これはもう入部決定ね」

 呆然とする俺をよそに、須藤さんと和泉さんが楽しそうにしている。
 説明を請おうと、たけはる先輩のほうを向こうとしたとき、

「すみません」

 部室の戸が静かに開き、外の喧騒が入ってくる。

「尺八部に入部したいのですが」

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