君の隣に尺八
□リュックの尺八
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「ねえ、君、ラクロス興味ない? あるよね?」
「いや、あの、その……」
「ちょっと見学していかない? そこで練習してるからさ!」
「いや、あの、急いでいるんで……」
「そんなこと言わないでさ」
「すみません!」
「あっ、ちょっと!」
いかにも強そうな男の先輩を押し切って逃げ出す。
構内を歩いているといつもこうだ。
どうせなら可愛い女の先輩とかに声をかけられたいぜ。
まあ、そんなことを望める容姿でないことなんて、十分承知はしているけれど。
入学式も先日終わり、俺も無事に大学生になった。
新しいことの連続で、慣れるまで時間はかかりそうだが、毎日とても充実している。
「あ、ねえ、君、ヨットに興味ない?」
「あと問題はこれなんだよな……」
思わずため息をつく。
適当に(言うまでもなく男の)ヨット部の先輩もあしらって、構内のベンチに腰をかけた。
「サークル、どうすっかな……」
高校までやっていた陸上を続ける気はない。
できれば何か楽そうなサークルに入って、ゆるく活動したいところだけれど……。
ぼーっと考えながら足を休めていると、上から声をかけられる。
「あれ、ねえ、君ひょっとして……」
顔を上げる。
反応がいつもより速いのは、女性の声だったからではない(ことにしておく)。
どちらかというと小柄で、長い髪を後ろで無造作に束ねているその女性は、人懐っこい笑顔を浮かべて、ありえないほどの力で俺に腕を引っ張った。
「ちょっ!」
「君が金澤くんか! 探したよ」
グイッと腕を引かれ、連れて行かれる。抵抗しようと思えばできたが、しなかったのは、別に初めて女の先輩に声をかけられたからではない(ことにしておく)。
引きずられるような形でサークル棟に連れ込まれ、畳の部屋に押し込められた。
「ちょっと、何するんすか!」
腕をさすって抗議の声を上げる俺に、女性は満開の笑みを浮かべた。
「君を待ってたんだよ、金澤くん!」
「は?」
彼女の口から出てきた全く知らない名前に戸惑う。
彼女は気付かず続ける。
「高校生にして尺八のコンクールで入賞を果たした君が来てくれれば、うちの部活はもっと盛り上がること間違いなしだよ! 当然、入部してくれるよね?」
「えっと、そのですね……」
放心状態で自分の名を告げた。
「俺、山岸です。山岸淳平」
ポカンと女性の動きが止まる。
「嘘……でしょ。だって、じゃあ、なんで、それを持っているの?」
「それ?」
女性が指差す右後ろを振り返る。新調したばかりのリュックからはみ出しているものは……。
「うわー!? なんでこれがここに!?」
口と目を最大限に開けて叫ぶ。
視界の右端が捉えたものは、先日実家の自分の部屋で見つけた尺八とかいう楽器。
慌ててリュックを下ろし、それを手に取る。
怨念とか呪いとかいう言葉が頭の中をぐるぐるする。
確かに置いてきたはずなのに……。
手が震える。思わずそれを床に叩きつけたい衝動に駆られる。
グッと力の入る俺の腕は、後ろから何者かに掴まれる。
「うわあ!」
「その尺八は、まさか……」
再び右後ろを振り返ると、眼鏡をかけた如何にも真面目な大学生という感じの青年がじっと俺の手元を見ている。
「貸して」
半ば強引に手の中からそれを奪われる。
覆われている布をはがして、彼はじっくりとそれを眺めている。
この青年は、いや、そもそも自分をさらってきたこの女の先輩も一体何者なんだろう。
青年が突然くわっと叫んだ。
「間違いない。これはあの山岸家に伝わるという伝説の尺八!」