君の隣に尺八
□引き出しの中の尺八
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「よし、だいぶ片付いた」
殺風景になった部屋を見渡して、俺はふーっと息を吐いた。
この部屋とも、もうお別れだ。
俺、山岸淳平は、この春から、というか明日から、大学進学ともに一人暮らしを始める。今日は引っ越し前日ということで、部屋の最後の片づけを行っていた。
もし、俺がいない間に家族がこの部屋に入ってあんなものやこんなものを見られたら……。
「見られちゃまずいものは全部処分したよな。あれ、この引き出しには、何入れてたっけ」
普段は前に物が置いてあって開けられなかったたんすの一番下の引き出し。何もまずいものを入れた記憶はないが、念には念を入れて開けてみよう。
ギイッと嫌な音がして、ふと懐かしいにおいに包まれる。
「なんだ、これ?」
引き出しの奥から現れたのは、ぼろくさい布に包まれている棒状の何か。そっと手を伸ばして取ってみる。軽い。
布をはがすとそこにはいくつかの穴が開いた竹製の楽器のようなものがあった。
「えーっと、なんだっけ、これ。篠笛じゃなくて……」
小学校の音楽の教科書で見たことがある気がする。
そう、確かこれは……。
尺八。
「あー。尺八かー……ってなんで俺の部屋に尺八があるんだよ!」
思わず叫ぶ。
いやいや。
どう考えたっておかしいだろ。普通の男子高校生の引き出しに尺八が入ってるなんてさ。
それをまじまじと眺めてみる。
ツヤツヤとした光沢のある50cmほどの竹の棒。片面に4個、裏面に1つの穴が開いている。
上のほうには、斜めにカットされている吹き口があった。
試しにそこに口を運ぼうとしたが、得体の知れなさすぎるものなのでやめた。
「……」
いくら眺めてもわからない。
なぜこれがここにあるのか。
「まあ、置いといていいよな。なんかよくわからんけど」
ひきつった笑みを浮かべながら、それを再び布で巻く。
誰だか知らないけど、なんでこれの保管場所に俺の部屋を選んだんだ。
俺は、何も見なかったことにして、それを引き出しの中に戻した。
軽く恐怖だな。見知らぬ和楽器が自分の部屋にあるなんて。
引き出しを閉じる。
何も無かった。何も無かったぞ。
自分に言い聞かせていると、母親の「ご飯よー」という声が耳に入る。
「そっか。最後の晩飯か」
たんすの前にいつものように物を置く。
ふっと小さく笑って、いつもよりちょっとだけ速く、夕飯の席に駆けていった。
<続く……かもしれない>