なついろ 4
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「この写真、どういうことなのか説明してよね。奈津、行麿くん」
バァーンという効果音がつきそうな勢いで、親友は私たちにスマホの画面を見せつけてきた。
教壇に仁王立ちする真理佳に見下ろされる形で、私たちはそれを覗き込む。
放課後の空き教室。数十分前まで数学で使われていたその部屋はまだ生温かい。
大事な話があると半ば無理やり連れられ、見せつけられたのはカフェで談笑する男女の写真だった。
「これは……私たち?」
そこに写っていたのは、恐らく私と行麿。遠くからズームで撮ったらしくわかりづらいが、自分くらいは何となくわかる。
そうだ、例のリゾラートでの結婚式の後に、駅前のカフェでスペシャルストロベリーなんとかパフェを食べたときのものだ。
迷惑をかけたお詫びに何でも好きなものを奢るよと(家庭教師の和樹さんに脅された)行麿が言ってくれたので、そのときの新商品をねだったんだ。かなりのボリュームで食べきれなくて、行麿に手伝ってもらったんだっけ。
真理佳はスマホをゆっくり下げると、怖い顔のまま私たちに近づいた。
「言い難いんだけど、拓磨先輩と付き合っていながら行麿くんと浮気してたとか、そういうわけではないんだよね?」
予想もしなかった言葉に思わずむせそうになる。
「そんなわけないじゃん!」
「そうそう。ありえないよ」
声が大きくなってしまった私とは裏腹に、隣の行麿はいつものトーンで繋げる。目は笑っていなかったが、口元には笑みを浮かべていた。
「2人でどこかに行ったからって特別だなんて、真理佳ちゃんらしくないね。何なら僕、弥生先輩と遊園地行ったこともあるし」
「待って。それ、初耳」
思わず食いついた私を無視して、彼は真面目な顔で真理佳を見つめる。
「ところで、真理佳ちゃん。この写真、どうしたの?」
真理佳の一文字に結んでいた口が緩む。ふーっと息を吐き出すと、重そうにスマホを持ち上げ操作し始めた。
「そうだよね。ごめんね。私だって本気で疑ってたわけじゃないんだ。奈津にそんな器用な真似できないこと、行麿くんがそんな不誠実なことしないことくらいわかってたんだけど」
何か失礼な言葉が聞こえた気がしたが、私が口を開く前に彼女が続ける。
「実は昨日TwitterのDMにこれが急に送られてきて」
彼女が再び見せてきた画面は、TwitterのDMとやらの画面。
DMとはダイレクトメッセージの略で、相手と個人的なやりとりをできる機能らしい。Twitterをやっていない私に真理佳が教えてくれた。
「他には何のメッセージもなく、ただこの写真1枚だけ急に送られてきたの。不気味じゃない?」
「この上のほうに表示されてる『お手ふき』ってのが?」
「送ってきた人の名前。誰かの裏アカっぽいんだけど、全然わからないんだよね」
「誰かわからない人フォローしてるの?」
「えっと、このアカウントは……。一応鍵かけてるけど、来る者拒んでないんだよね」
歯切れの悪さに何かを察した行麿が指をのばし、真理佳のスマホを勝手に操作する。
「あっ、待っ……!」
メイン画面に出てきた彼女のアカウント名は「ゆきまろくんFC【公式】」の文字……。
「真理佳ちゃん?」
「うっ……。な、何も変なことはしてないからね。文化祭のDVDの宣伝とか、ファンクラブ誌についてとか。たまーに今日の行麿くんも美しいとか呟くけど、本当にそれくらい。写真とか個人情報は絶対載せないから!」
じっとりした視線を送る行麿に、真理佳は聞いたことがないくらい早口でまくし立てた。漫画だったら目が大なりと小なりで描かれているだろう。
FCはファンクラブの略。DMは知らなくてもこのくらいはわかる。なんて女子高生らしからぬ流行遅れなことを考えている間も彼女の言い訳は続く。
「そもそも行麿くんファンクラブの三大原則1つ目は、行麿くんに迷惑をかけないことだから! 設立のときも言ったけど! 私たちはただ、行麿くんを愛でるために時には団結し……」
「……大丈夫、わかってるよ」
疲れた声の行麿がマシンガントークを遮る。
彼女ははっと目を覚ましたように息を飲むと、今度は私の方に睨みつけるような視線を送り、両腕を掴む。
「とにかくね、このファンクラブのアカウントにあの写真が送られてきたわけ。多分よく思ってない人もいると思うのよ……その、奈津のこと。私に来るんなら今後も全部捻り潰しておくけど、奈津も行麿くんもちょっと気をつけておいて。何かあったらすぐ私に教えてちょうだい」
その剣幕にガクガクと頷きながらも、私はまだ他人事のように考えていた。
横の行麿が難しそうな表情をしていることにも気がつかなかった。