なついろ 1

□07
1ページ/1ページ

「何……言ってるの」

 心臓がバクバク言っている。
 体が震えている。
 息が荒くなる。

 わけがわからない。
 
 おぼつかない足取りで後ずさる。
 男はニヤニヤしたまま詰め寄ってくる。

 手に壁が触れる。
 もう逃げ場がない。

 男がナイフを握り直す。

 ああ、もう、これで……。




「何してるの」




 男が振り向く。

 その隙に、ダッと教室の前の方に逃げる。
 右足が一番前の机に引っかかり、つまずく。
 立て、逃げろと脳が命令するが、体が震えて動かない。
 幸い、男は追って来なかった。


「何してるの」


 その声は再び同じ言葉を繰り返した。
 震える唇が、その声の主の名前を呟く。

「行麿?」

 行麿は、無表情に男を睨みつけている。
 男は、ナイフの切っ先を行麿を向けた。

「……何も見なかったことにすれば、お前の命は助けてやる。大人しく消えな」
「本当にそれでいいの?」
「何?」

 彼は、ポケットに手を突っ込んだ。

「君が狙ってるのは、本当にそこの冴えない女子生徒なの?」

 ポケットから出された手に握られているのは、

「どうも君が狙ってるのは、僕な気がするな」

 こちらも、折りたたみ式のナイフ。
 ボルスターと呼ばれる、グリップと刃の境界に描かれた模様は、

「……王家の紋章」

 男の低い声が聞こえた。

 そこに描かれていたのは、手の中に握られているブローチと同じ紋様。花と鳥をあしらったおしゃれな模様だった。

「まさか、お前が……」

 男が、じりっと一歩進んだ。
 行麿は、クスッと笑って、それを構える。


「そう。僕の名前は、小石川行麿。第104代リゾラート国王、小石川秀麿の第二王子さ」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ