なついろ 1

□06
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「お、お父様もお母様もひどい。グレてやるわ。家出してやる」
「もっと声張って」

「お、お父様もお母様もひどい!」
「もっと」

「お父様もお母様もひどい!!」
「もっと『ひどい』に感情込めて」

「あー、もう! お父様もお母様も、小石川くんもひどい!!」
「……セリフ違うけど、今のが一番近い」

 教室の一番後ろの席に座っている小石川くんが、むっとした表情で台本から顔を上げる。
 私は教卓に突っ伏し、のっそりと頭だけを上げた。

「わかった。このセリフのときは、小石川くんを思い出して言う」
「別に僕ひどくないだろ。かなり優しいはずだ」
「どの口が言ってるの」

 腕時計を見ると、午後3時くらい。
 2時間もやって、まだ半分も終わっていない。
 初めて自分の才能の無さを実感する。

「ねえねえ、小石川くん。休憩しませんか」
「ああ、そうだね。5分くらい休もうか。あと、別に名前でいいよ。『小石川くん』って長いだろ」
「そうね。まあ、『ゆきまろ』でも十分長いけど」
「標準的だろうが」
「『なつ』は2文字。倍ですー」
「でも、僕は『なっちゃん』って呼んでるから、4文字でおあいこだ」

 もはや反論を考えるのも面倒くさい。
 私がそのまま教卓に突っ伏し続けていると、椅子が動く音がして、彼が教室から出て行く足音が聞こえた。

 私は、ゆっくり頭を上げた。
 今言われたことを書いておかなきゃ。
 台本を手に取る。
 『ひどい!』のところで行麿を思い出せばいいんでしょ。行麿ってでも書いておくか。でも全然彼が出てくるシーンでもないし、真理佳とかに見られたら、面倒だ。
 思いだせ!とかって書いておくか。何これって聞かれたら、自分で書いておいて忘れちゃったとか言えばいい。

「あれ。シャーペン忘れてきたし」

 仕方ない。彼から勝手に拝借しよう。
 後ろの席まで歩いて行く。
 案の定、彼が今まで使っていた机には、シャーペンが乗っていた。勝手に使わせていただく。
 ついでに覗きこんだ台本には、びっしりと書き込みがされていた。案外真面目なんだな。

「ん?」

 キラっと視線の先で何か光った。
 机の下に、何か落ちている。
 しゃがみこんで拾ってみると、直径3pほどのブローチだった。
 花と鳥が描かれている金色のブローチ。結構重い。
 行麿のかな? こんなおしゃれなものつけてるんだ。

 トントンと足音が近づいてくるのが聞こえた。
 彼に違いない。
 一応、シャーペンについて断っておこう。
 それに、これが彼のだったらひやかしておこう。

「あー、ごめん。勝手にシャーペン借りた。あと、これ、落ちてたんだけど……」

 入り口の方を見て、ドキッとする。
 背の高い、無精髭の生えた男が1人立っていた。
 人違いだ。まずい。

「あ、すみません。あの……」
「……それは、王家の紋章」
「え?」
「やっと見つけたぞ。王家の者よ」

 男が、ニヤリと笑って、ポケットに手を入れる。
 出てきたのは、折りたたみ式のナイフ。

「堪忍しろ、王族め」

 じりじりと男がこちらに詰め寄ってくる……。

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