なついろ 3

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「行麿様ー! 王様が早くお戻りになるようにおっしゃっています」

「はいはい、今行くよー」

 行麿は、扉の向こうの若い男の声に、大きな声で返事をした。

 すぐに私に耳打ちする。

「和樹さんのところへ行って」
「どこにいるの?」
「さあ?」
「さあって……」

 ヒソヒソと会話を繰り広げていると、扉の外の男が再び声を張り上げる。

「行麿様ー? 早く連れて来いと命令されているんです。開けますよ?」

「ちょ、ちょっと待って! 今着替えてるから!」

 行麿は、慌てて私の腕を掴むと、クローゼットに押し込めた。

 ばたん。

 抵抗する気もなかったが、抵抗する暇もなく、クローゼットのドアが閉められる。
 視界が真っ暗になる。

 板の向こうから、部屋のドアが開く音がした。

「もう、勝手に入ってこないでくれよー」
「すみません。王様がどんな手を使っても連れて来いと……」
「心配しなくても、服が汚れてしまったから替えていただけだ。すぐに戻るよ。手間をかけてごめんね、シン」

 自分が良く見えるように計算された拗ねるような口調で、行麿が弁明する。

 シンって、確かさっき地下牢に来た人だ。何となく身構えてしまう。

「いえ、行麿様、先ほどの女は……?」
「ああ、ちょっと道中拾って匿ってたんだけど、解決したみたいだから帰したよ」
「そうですか」

 息を吐くように適当なことを言う行麿。少年を促す。

「じゃあ、行こうか」
「あの」

 シンが、小さな声で行麿を呼び止める。

 その後、不自然に空白の時間が訪れた。

「……」

 クローゼットのドアのわずかな隙間から外を見ようとするが、真っ白い壁しか見えない。

「……今じゃダメなわけ?」

 空白を、行麿が破る。

 何が、今じゃダメなんだろう。

「長くなりますので」

 低い声で、シンが答える。

 何が、長くなるの?

「ふーん、そう。わかった」

 カサッという布と紙が擦れた音がやけに耳に残った。

 行麿が「よし」と小さい声で言って足を踏み出すと、淀んでいた空気が動き出した。

「さあ、早く行かないと怒られちゃう。行こうか」
「はい。皆様、お待ちしていると思います」
「そんなことはないと思うけど。そういえば、和樹さんってどこにいるかわかる?」
「和樹さんなら、おそらく中庭のほうにいるかと」
「そっか。ちょっと閉会式について確認したいことがあって。ちょうどよかった」

 白々しい2人の会話が遠くなる。
 部屋の扉が、閉まった。

 私も、ゆっくりクローゼットのドアを押す。

 明るさにクラッとする。

 一体、彼らは何の話をしていたんだろう。

 モヤモヤしても、ここリゾラートで私の知らない話をしているなんて、何もおかしなことではないのだ。そもそも、私はこの国のことも王家のことも、何も知らない。ヒロミさんのことだって、今日初めて知った。


 今日の行麿、特にこの部屋にいる行麿は、とても遠く感じる。


「和樹さん、中庭だっけ? またあそこに行くの……?」

 とりあえず、帰ったら行麿に駅前のパフェを3回くらいおごってもらわないと割が合わない。

 私は、これから食べるであろうスペシャルストロベリーマシュマロチョコレートナッツパフェのことだけを考えて、中庭へと急いだ。

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