なついろ 3

□10
1ページ/1ページ

 階段を何回か駆け上って、だだっ広い廊下を走り抜ける。
 彼は、不意にいくつかあるうちの一つの扉の前で立ち止まった。それを開ける。
 早く入れと顎で合図され、私は恐る恐る足を踏み入れた。

 目に飛び込んできたのは、落ち着いた茶色で統一された部屋。美しい木目の机と椅子。柔らかそうなソファー。大きなベッド。きちんと整理された本棚。シンプルな模様のカーペットやカーテン……。

「なんだか、どこかの国の王子様の部屋みたい……」
「その通り。僕の部屋だよ」

 彼も部屋に入り、静かに扉を閉める。そのまま奥の方へ行き、クローゼットと思われる戸を開けた。ウォーキングクローゼットのようだ。彼はその奥へと消えていった。ゴソゴソと何かを探す音がする。
 不躾ながらキョロキョロと見回して、あれもこれも高そうだなと思っていると、彼が再び現れる。手に「あるもの」を持っていた。

「えっと、行麿、そ、それは……」
「着て」
「えっ、いや、だって、それメイド服……」
「いいから、さっさと着て」

 彼は不機嫌そうに私にそれを押しつけ、くるりと背を向けた。

 これを、着ろと?

 私は、自分の手の中にあるものと、前方の背中を見比べる。
 薄茶色のワンピースに白いエプロンを重ねたいわゆるメイド服。機嫌の悪いオーラが肉眼で見える気がする前方。

 私は、意を決して着ていた制服を脱ぎ、それに着替え始めた。不本意ながら、この状況で行麿以外に頼れる人はいない。

「これでいいの?」

 彼が振り向く。
 一瞬何とも言えない悲しそうな表情を浮かべた後、鼻で笑う。

「な、何よ」
「いや、別に」

 行麿はワックスで固めてある自分の髪を触りながら、扉のほうへ向かった。

「ほら、さっさと行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ちゃんと状況を説明して!」

 突然連れて来られた異国。一晩の牢屋生活。さきほどの少年の乱暴。なぜか着せられたコスプレ。不機嫌な友人。
 様々なことが重なり合って、私の頭はパニック寸前だった。エプロンを握りしめる。自分でも気づかないうちに、両目から涙がこぼれる。

 行麿が、ハンカチを差し出す。

「不細工な顔がますます不細工になるよ」

 そう言って私をからかうのは、いつもの王子様スマイルを浮かべた行麿だった。
 私は黙ってハンカチを受け取って、彼を睨みつける。

「まあ、そうだね。いろいろ不便だし、情報を共有しておくか」

 私をソファーに座らせ、自分は木製の椅子に腰掛ける行麿。
 さも天気の話でもするような明るい口調で告げた。

「実は、爆破予告があったんだ」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ