なついろ 1
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『こうして、お姫様と王子様は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ』
白いベールを被った私と、先ほどと同じ衣装の行麿が深々とお辞儀をすると、盛大な拍手に包まれる。まあ、私に贈られている拍手はほとんどないんだろうな。
行麿は本当に出番の直前までどこかに行っていて、ギリギリに戻ってきた。彼がいないとわかったときの真理佳の動揺っぷりは、高橋くんのときのそれとは、比べものにならなかった。
幕が閉じる。
私たちは下手(シモテ)にはけた。
「ああ、もう、一時はどうなるかと思ったけど、無事に終わって良かった!」
真理佳監督が、涙のたまった目で私に抱きつく。私もそっと抱きしめ返した。
「……本っ当に、無事に終わってくれてよかった」
しみじみと呟く。それが聞こえなかったのか、真里佳は私の肘を見て叫んだ。
「あ、奈津、怪我してるじゃん! そういえば、盛大に転んでたね、あのときか!」
「ちょっと、耳元で叫ばないで。──そうだ、行麿、あのときはよくも転ばせて……」
真理佳から離れて、彼に非難の言葉を浴びせようとする。しかし、
「あー、小石川くん、もうどっか行っちゃったのか。どさくさにまぎれて、彼にも抱きつこうと思ったのに」
真里佳が口をとがらせて言うように、彼の姿はもうなかった。彼女は、そのトーンで続ける。
「それにしても、戦闘シーン、ちょっと長引いてハラハラしたよ。もうちょっとでタイムオーバーだったんだからね」
ギクッと体がこわばるのがわかった。
「そういえば、高橋くんの代役って、結局誰が……」
「ごめん、真里佳! 傷が痛むから保健室行ってくる!」
「えっ、ああ、お大事に」
「これくらいなら、洗っておけば大丈夫よ」
「ありがとうございます」
「今年の1年生はよく怪我するね」
「あはははは」
保健室の先生のニコニコした笑顔に、私は笑ってごまかす。
加害者は共通ですけどね。
その加害者も、もう少しで大怪我するところでしたけどね。
「今年はドジが多いんでしょうね。俺も含めて」
もう一人の怪我人、高橋くんもただいま保健室の椅子に座って安静にしている。冗談を言えるほど元気そうで、安心した。
治療も終わり、先生にお礼を言って立ち上がろうとすると、保健室のドアが勢いよく開いた。
「高橋くん、ごめん、大丈夫!?」
現れたのは、制服に着替えた加害者こと小石川行麿。
保健室では静かにしてね、と先生に注意される。
「あ、すみませんでした。──本当にごめんね、高橋くん。こんな怪我させちゃって」
「いやいや、小石川が謝ることじゃねーよ。俺が着地ミスっただけだから」
「でも僕にも責任があるよ」
「俺みたいな男は大丈夫だから、もっとか弱い女の子を心配してやれよ」
「か弱い女の子?」
眉をひそめて保健室の中をキョロキョロする彼。
なぜ、私と目が合ったのに無視するんだろう。
「ああ、なっちゃんのこと? どの辺がか弱い女の子なのさ。ぜんぜん心配してなかった。
そんなことより、真理佳ちゃんが探してたよ。早く戻ろう」
「え、真理佳に断ってからきたけど」
「いいから早く」
彼は、もう一度高橋くんに謝り、私に着いてくるように目で合図して、保健室を後にした。
私は、保健室の先生にお礼を言って、慌てて彼の後を追った。
「真理佳が何て?」
「真理佳ちゃんじゃないよ」
「は?」
「僕が君のこと探してたの!」
急に怒ったように声をあげる行麿。
理不尽過ぎてどうしていいかわからない。
「じゃあ、最初からそう言えば良かったんじゃ……」
「『話があるからちょっと来て』なんて言ったら、それこそあれじゃないか!」
「代名詞多すぎてよくわからないんだけど」
「鈍感だね」
不機嫌そうにため息をつかれる。
なぜ怒らせてしまったのか、胸に手を当てて己の行動を振り返ってみたが、結局わからない。
勝手に彼は話を進めた。
「あの男の先祖はリゾラートの者らしい」
低いトーンで話し始める声に、はっと耳を傾ける。
「あ、そうだ。ちゃんと警察みたいなところに突き出したの?」
「ああ。城の護衛の者を以前に寄越したから、その人に。
話を戻すけど、あの男の先祖はリゾラートの者だ。800年ほど前の先祖がね」
「……はっぴゃく!?」
「800年ほど前に奴の先祖が島流しにあって、こちらに迷いこんでしまったらしい。それから子孫代々、島流しを決めた王家を恨んできたらしいよ」
「すごいね、ある意味」
「王家の紋章も800年前からの口伝えなんだから、曖昧なのも頷ける」
「じゃあ、どうして今王族が日本にいるってわかったの?」
「ネット上にリゾラート人専用の掲示板があるらしいんだ。パスワードは僕たちリゾラート出身にしかわからない」
「いろんなものがあるもんだね」
「その男のアカウントを僕が乗っ取って、監視することになった。あ、これ、口外したら大変なことになるから気をつけてね」
「……だから、なんでそんな重要なことを私に言うの」
誰もいない廊下を、彼の話を聞きながら歩く。体育館の前まで来てしまった。
「だから、このあいだも言ったじゃん」
彼が私のほうを見て、ふわっとした笑みを浮かべる。
「なっちゃんとの関係が壊れようが、どうでもいいって」
「助けなきゃよかった」