なついろ 1
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「……劇、続ける気なの?」
行麿の背中に小さく問いかける。
「……」
彼は何も言わない。
肯定と受け取った。やるしかなさそうだ。
私は、ペロリと乾いた唇をなめた。
台本を頭に思い浮かべ、大げさに驚くふりをする。
「あ、あなたはひょっとして!」
私の演技がかった声が体育館に響く。
行麿が深く息を吸うのが聞こえた。
「……10年ぶりですね。――さあ、次は逃がしませんよ、悪の者よ」
「あの時の!」
台本では、ここで行麿が私をステージの端に連れていく。しかし、今の私はこいつに転ばされ、ステージに寝転んでいる。
彼のアドリブのセリフが入る。
「姫、お逃げください。あなたがいると戦いに集中できない」
「か、必ずご無事に戻ってきてください! お待ちしております!」
「……当たり前です」
逃げろ、と彼は台本にないことを言った。本当に逃げろということだろう。私は素早く立ち上がり、上手(カミテ)袖にはけた。擦り切った膝がヒリヒリと痛む。
袖にたどり着いたところで、カンと金属のぶつかる音が聞こえた。振り返ってステージの様子を見る。
男の持つ長い日本刀の刃を、行麿の小さなナイフが受け止めている。先日の圧倒的な勝利を加味しても、見るからにこちらが不利だ。もし、あの刃が彼の体を通過したら――。
鼓動が早まり、手が震えている。
もしそんなことがあったら、私を含め、見ている人全員がトラウマになるだろう。なんでそんな無茶するんだよ。そんなに自信があるのかよ。
しかし、私の心配をよそに、ナイフが刀を振り切り、彼の攻撃が始まる。剣技には詳しくないのでよくわからないが、体と武器の小ささを利用した素早い攻撃で相手を圧倒しているように見える。
それでも、体の震えは止まらない。
杞憂ならばどんなにいいことか。彼のファンと思われる多くの人々のカメラがまわっている。無残な最期が永久保存されないように、頼むから頑張ってくれ。
祈るように胸の前で手を組む。
カン!
一際大きい音がして、再び2つの刃がぶつかる。
交戦中に移動したのか、男と行麿の位置が逆転している。こちらからは男の背中しか見えない。
ピリッと空気が張りつめる。
怖い。見たくない。
思わずふいっと下を向く。
前のクラスが劇で使ったと思われる調理器具が目に入った。
あっと声が聞こえ、ステージに目を戻す。
カシャンという音がして、何かがステージの床に落ちた。ライトの光を反射して、銀色に輝く。
目を疑った。
敗者の武器を意味するそれは、今、私が決して見たくないもの。つまり、
――小さなナイフ。