なついろ 1
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「ど、どうするの、真理佳」
「どうするもこうするも……。ちょっと、悪の手下役の誰か、代わりにやってくれない?」
真理佳が早口に、黒いフードを被っている手下役の4人を指差した。
黒いフードたちは互いの顔色を伺う。全員フードを深く被っているため、顔は見えないのだけれど。
一番背の高い者が、スッと前に出た。
真理佳の顔が輝く。
「ありがとう。やってくれる? 衣装は同じだからいいとして……なんだ、剣まで持って、やる気満々じゃん。
じゃあ、それっぽいセリフ言って、適当に戦って。台本通りじゃなくてもいいから。
誰か、上手(カミテ)の小石川くんにも伝えて」
バタバタと人が走り回る。
彼女の統率力に、今さらながら驚かされた。
「よし、じゃあ、奈津と……ごめん、誰だ? まあ、いいや。代打の悪のボス、ステージに上がって。早く! それじゃあ、ライトつけるよ!」
押されるようにステージに追いやられる。
手下役で背の高い人といえば、野球部の三浦くんか。彼なら運動神経もいいし、なんとかなるかもしれない。
「……」
明るいステージの真ん中。
三浦くんはセリフを言わない。きっとわからないのだ。私が何か言わなくては。
何を言おうかとぐるぐる考えていると、上手(カミテ)袖にいる行麿が眉をひそめてこちらを見ているのが目に入った。
不意に、彼の目が大きく見開かれる。何か言いたげに口を開き、ステージへ飛び出す。マントが翻る。一瞬でこちらとの距離を縮め、右手で私の右腕をつかむ。自らの方向に引っ張る。
あれ、こんなシーンあったっけと考えていると、彼の手が離れた。引っ張られた勢いは止まらない。運動している物体は運動し続ける。これが慣性の法則かと納得したとき、私の体はステージの床に叩きつけられた。
要するに、転んだ。
膝と肘を擦り切った。血が滲む。痛い。
いきなり出てきて転ばせるなんて、いい度胸してるじゃないの。
ここがステージ上であることも忘れて、文句を言おうと彼を見上げると、
「……なんでだよ」
苦笑いを浮かべながら、私と男の間に立っている行麿と、
「……」
日本刀を手にこちらを睨みつけている悪の手下役。
下から覗いてみると、フードの中の顔はクラスメートの誰でもない。むしろ、高校生でもない。老けている。20代くらいか。でも、どうして見たこともない男がこんなところに………
いや、ある。
私は、その男をどこで見たか思い出し、思わず声を上げそうになった。
「あのときの……」
髭を剃ったらしいその顔は、一瞬誰だかわからない。しかし、今目の前にいるのは、数週間前に私にナイフを突きつけてきた男……。
男はこの間と同じニヤニヤした顔で声を荒げた。
「俺はリゾラートの者。お前ら王族のせいで今はこんなところにいるのだ」
体育館に男の声が響く。
「この大勢の観客の前で、お前の首を取ってやるよ、王子様よ!」
男が日本刀をこちらに向けて怒鳴る。
なかなかの緊張感に、会場がシンとなる。
「武器を大きくすれば、勝てるとでも思ったのか。ずいぶんおめでたい頭だね」
ぼそっと行麿は呟いた。ニヤリと笑う。彼は、大きく息を吸い込んだ。
「なるほど。最初から姫ではなく、私が狙いだったのですね」
衣装のポケットから、先日のナイフを取り出す。
「受けてたちましょう。姫、危ないのでお下がりください」
なんだ、この口調。まさか、この人……。
「私、リゾラート王国の王子、小石川行麿が、この大勢の観客の前であなた──悪の者を倒すことを誓いましょう」
高らかに行麿は言い放ち、ナイフの切っ先を男に向けた。