なついろ 1
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「今日は、真理佳に褒められたんだ!」
「良かったね。すべて僕の指導のおかげだね。もっと感謝してくれてもいいんだよ」
「は? もともと私に才能があったからでしょ」
ちょうど同じくらいの時間帯に終わったので、今日は行麿と帰ることにした。
オレンジの空に、カラスが数匹家路を急いでいる。
「そんなことより、今日は行麿に大事な話があるの」
「何、その告白みたいな言い方。デジャブだな」
「違う! しかも、その時と同じ用件だ!」
その時の用件?と首を傾げている彼に、私は立ち止まって、切り出した。
「放送部に入りませんか?」
活動予定表を取り出し、渡す。活動といっても、毎日の昼の放送、行事のときの放送機器の準備、月に一度のミーティングしかない。
「部活には入る気はなかったんだよな。遊びに来てるわけじゃないし」
「留学って、高校だけなの?」
「普通大学までだ。でも自費なら何年いてもいいから、僕は本当にあの謎が解けるまでいようかなと思っている」
「大学行くんだったら、内申のことを考えると、部活やっておいたほうがいいんじゃない」
「そういうものなの?」
じっと予定表を眺めながら、彼は考え込んだ。
「大して忙しそうじゃないね。どうしようかな」
「お願いします! 今本当に部員不足で……」
「まあ、考えてみるよ。今は忙しいから、入るとしてもあいつが捕まってからだ」
「あいつ?」
「ほら、この間襲撃してきた奴」
「ああ……」
あのとき私にナイフを向けてきた無精髭の男。まだその辺りをうろちょろしているのかと考えると恐ろしい。
……はずなんだが、今になってみると、あれは夢だったんじゃないかという気がしてくる。あのあと聞いた行麿の話も含めて、あまりに現実離れしている。
「ねえ、本当に本当なの、リゾチームの話」
「……リゾラートね。リゾチームは酵素の名前だから」
「もう、なんでそんなややこしい名前ついてるのよ、あんたの名前は超和風なくせに」
「もともと『離島』と呼ばれていたけど、訛りに訛ってリゾラートになったらしい。
ちなみに、リゾラートは遡れば日本人が移住してきた島だから、公用語も日本語だし、名前は和風でもおかしくない」
「訛りすぎでしょ」
長い名前は覚えたくない私は、唇をとがらせて、また歩き出した。
「リゾールだかリゾルートだか知らないけどさ……」
「リゾールは消毒剤、リゾルートは『決然と』っていう音楽記号だろ。なんでなっちゃんのくせにそんな難しい単語いっぱい知ってるんだよ」
「うるさい。そんな単語が存在するなんて、初めて知ったわ」
どこまでも人を馬鹿にしたような言い方に腹が立つ。何となくスカートのポケットに手を入れると、小さくて固いものが手に触れた。
そうだ、あのとき、結局返しそびれたんだ。
「ねえ、これ、返す。行麿のでしょ?」
金色のブローチ。あの男曰わく、王家の紋章の刻まれている……。
「ああ、君が持ってたのか。別にいらないからあげるよ」
「……いやいや。これのせいで狙われかけたんだからね」
「は? あの男、全然わかってないな。こんなの、どう見ても偽物だよ。こっちで見かけて、そっくりだから思わず買ってみたんだ」
彼が言うには、鳥の種類も明らかに違うし、花びらの数も圧倒的に違うそうだ。
「全然リゾラートのことを知らないんだな。じゃあ、何で王家の人間が留学に来たことを知ってるんだ?」
カラスが一羽、頭上を通過する。
仲間とはぐれたのかもしれない。
たった一羽、あーあーと悲しげに鳴きながら、通り過ぎて行く。
「大丈夫なの? いくら口が悪くて、女の子には甘くて、裏表激しくても、あなたは放送部の大事な部員候補だから、死なれたら困るよ」
「……口が悪いのは、どっちだよ」
じろっと睨まれる。
「心配ないよ。僕を誰だと思ってるの。自分の身くらい、自分で守れる」
遠くを見据えたまま、彼は歩き続けた。