なついろ 1

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「というわけで、奈津、学祭のお姫様役、やりたいよね」
「ごめん。やりたくない」

 私は、彼女の言葉をバッサリと否定した。
 目の前にいる幼なじみ、林真理佳の顔が、みるみる強張る。

「ありえない……。だって、王子様役は、みんなの王子様、小石川行麿くんだよ?」
「と言われても、その人、誰?」
「信じられない。もう8月も終わるんだよ。高校に入学してから、4ヵ月が経とうとしてるんだよ。クラスメートの名前くらい覚えててよ」
「あー、あの名前が珍しい人ね。女の子みたいな顔立ちの」

 私の前の席に勝手に座っている真理佳のため息は、昼休みの教室の喧騒にかき消される。
 そもそも、私には、同じ部活に拓磨先輩という去年のミスターコンテスト一位の最高にかっこいい先輩がいるのだ。同い年の男子になんて興味はない。
 その旨を伝えると、

「……ああ、だからみんな奈津を推薦したんだ。ようやくわかった」
「推薦?」

 小首を傾げる私に、真理佳はピッと人差し指を立てた。

「その様子だと知らなそうだから言うけど、私、『小石川行麿くんファンクラブ』の会長をやってるんだ。──へーって、私たち、幼なじみでしょうが!
 実は、ファンクラブ内で、『小石川くんに王子様のコスプレをしてもらいたい!』って話が出たから、私が劇の監督に立候補して、そういうストーリーを作ったの。でも、普通、王子様が出てきたら、お姫様がいるわけ。
 ……まあ、思い出したくもない醜い争いの末に、小石川くんに興味の無さそうな子をお姫様役に立てようってことになった。みんな口を揃えて『岩瀬さんは?』って言うもんだから、今日は奈津を誘いにきたの」
「ふーん」

 ファンクラブができるほどかっこいい人、クラスにいたっけ、と何となく思い出していると、真理佳がずいっと私の机に乗り出してきた。

「というわけで、私は今、みんなの代表としてきてます。どうしても奈津がやりたくないというなら、みんなを説得できる真っ当な理由をあげなさい」
「えっ。うーん。まあ、単純に目立つの嫌いだし、それに……」

 ギラギラした目で幼なじみが見てくる。ちょっとやそっとの理由じゃ辞退させないぞ、という強い意志。
 しかし、私だって負けない。にこっと笑って、続きをまくしたてる。

「学祭っていうと、放送機器いっぱい使うでしょ。すると、何部の出番? 私の入っている放送部の出番でしょ。放送部って、何人いるか知ってる? 3人だよ、3人。
 そんな中、唯一の1年生が主役級の役なんてやって、部活に顔出せなくなったら、2人の2年生の先輩に迷惑かけちゃうじゃん。特に、スーパーかっこよくて優しい拓磨先輩に迷惑をかけるなんて耐えられない」

 完璧だ。
 ビシッと真理佳を指差す私に、彼女が苦笑いを浮かべる。最後以外は真っ当な理由かもね、なんて言うと、わざとらしく手を打った。

「あー、そういえば、小石川くんって、何部か知ってる?」
「知るわけないじゃん」
「帰宅部」

 彼女が、ニヤリと笑って頬杖をつく。目が獲物を狙う蛇のそれだ。

「私が何を言いたいかわかる? 部員の少ない放送部。帰宅部の生徒。そして、その生徒と仲良くなれるチャンス」
「な、何よ」
「考えてみて。小石川くんと仲良くなれたら、放送部に入ってくれるかもよ。そしたら、あんたの憧れの拓磨先輩、どう思うかな。きっと、すごく喜ぶだろうね」

 彼女の言っているシーンが、頭で再生される。
 カッと雷が落ちた。
 さすが奈津だな。そんなことありません、先輩。いや、俺は奈津のことが……。

「……どうすればお姫様役に採用されるの」
「そうこなくっちゃ!」

 嬉しそうに幼なじみは言って、私に劇の練習日程を見せてきた……。

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