11/02の日記

00:43
よるの夢こそ
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よるの夢こそのリニューアルのプロローグです。
お蔵入りになりそうなのでここに載せておきます。



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日溜まりの縁側で、気持ちよさについうとうとして寝たら死んでいた。
死因はただの老衰。大きな病気にも罹らず、苦痛もなく、眠るように亡くなった。


ある意味、誰もが羨むような死に方をした。
にも関わらず、冥土に辿り着いたイタチは憤然とした目つきで川を睨みつけていた。


その視線の先には、長身痩躯の男が佇んでいる。
ゆったりと流れる水に膝元まで漬かりながら、イタチの殺気を穏やかに受け止めていた。


「……っ」


言葉にできないほどの怒りを身にまとって、イタチが川へ足を踏み入れる。
どういうわけだが、姿は二十代の頃に戻っていた。
ふらつくこともなく、唇を引き結んで真っ直ぐ歩いていく。
男もまた微笑んでいるだけで、言葉を発しようとしなかった。


「……よくも、やってくれたな」


押し殺した声には、憎悪がこれでもかと詰めこまれている。
さらに言葉を継ぎ足そうとしたが、喉が震えて不自然な吐息だけが零れる。
自分への苛立ちや腹立たしさ……一気に押し寄せた感情に心が軋んで悲鳴を上げている。


「どうか、自分を責めることだけはしないでください。
これは……僕が選んだ道だ」


「……許さない、からな」


「ええ。今更謝る気もないですよ。
あなたは僕の思惑通りに生き、死んでくれた」


この男――六道那霧は死に間際にとんでもないことをした。
そのせいで、イタチは平穏に天命をまっとうした。


話は数十年前に遡る。
あの頃、イタチは忍を引退するつもりで準備を進めていた。



――――――――――――――


忍界大戦から十年が過ぎ、イタチももう三十の大台に乗っていた。
あの戦争を経て各国も和平を結び、幼い頃から切望していた平和な世界になりつつあった。


イタチはこれまで、贖罪のために朝も夜も任務に励み、里に尽くしてきた。
一族を手にかけたこと、暁として多くの罪を犯してきたこと……
数えきれないほどの後ろめたい出来事を背負っていたからだ。


しかし十年目にして――六代目火影から直々に、もう十分だと告げられた。
忍の世はこれから衰退していく。
自分もイタチも、とっくに古い忍だ。
今後は新しい世代が、明るい未来を切り開いていく。
そろそろ若葉に道を譲ってもいいんじゃないか、と。


罪が消えたわけではないが、自分を赦してやれと言外に伝わってきた。
だからイタチは、自分でも呆気ないくらい引退の道を希望した。
忍をやめて、里からも立ち去って、今後は恋人の仕事でも手伝おうと。


決意したはいいものの、肝心の那霧は近ごろ一向に姿を見せなかった。
彼の世界に移住すると決意したのは、不穏な気配を察知していたからでもある。
なにかとてつもなく悪いことが起きている。
確信に近い予感は日に日に増していった。


引き継ぎ業務がほぼ終わり、退職願を出す日取りも決めたある日。
しとしとと静かに降る雨を縁側から見つめていた時だ。


視界がふと切り替わって、眼前には大草原が広がっていた。
あちこちに咲いた野花が風に揺れて、さわさわと音を立てる。


精神世界に招かれたのだと、すぐさま気付いて周囲を見渡した。
いつものように大樹の根元に青年が座りこんでいる。


「那霧」


声をかけると、緩慢な動作で顔を上げた。
いつものように微笑むが、どこかぎこちない。
血の気を失って頬が青ざめていた。


「おいでなさい」


自分の隣をぽんぽんと叩いて、覇気のない瞳でイタチを見上げてくる。


「……辛気臭い顔だな」


「たまにはこういう日もありますよ」


「調子が狂う」


「ふふっ……」


隣に腰を下ろすと、那霧は口を閉ざして空に目を向けた。
雲ひとつなく、柔らかな青色がどこまでも広がっている。
明るくて、目に痛いほどだった。


「那霧。大事な話がある」


「……なんでしょう?」


「忍をやめようと思っている」


これにはさすがに驚いたのか、切れ長の瞳がわずかに見開かれる。


「おやおや……根っからの戦士だったあなたが。
どういう風の吹き回しですか?」


「要因はいろいろあるが……一番はお前だ」


「僕?」


「忍の世が変革していき、俺にもようやく人並みの欲求が生まれたんだ。
愛する者と同じものを見て、同じ時間を過ごしたいと」


「……っ」


「俺を連れていってくれないか?」


駄目だ、とは言わないだろうと思っていた。
そこまで言うなら、と苦笑いしながら手を取ってくれるだろうと。


「僕達って、間が悪いですよね……」


返ってきたのは予想外の反応だった。
ギリギリのところで決壊したように、彼の双眼から雫がこぼれていく。


「……那霧?」


泣いているのだと、理解するのに少しばかり時間がかかった。
これまで彼が涙を流したことなどなかったからだ。
世界の不条理に文句を言いながらも、斜め上のポジティブさで立ち向かっていく。
そんなところが好きだった。


「僕もね、大事な話が……あったんですよ」


すんと鼻を啜って、袖で涙を拭う。
なにかを言おうと口を開けるが、震える吐息だけが漏れた。


「なにがあった?」


覆いかぶさるように彼に身を寄せて、真正面から顔を覗く。
笑おうとしたのか、口元が引きつったように歪んだ。


「……今まで、ありがとう、ございました。
あなたと出会えてから、楽しかった、ですよ」


「おい」


「あの時、あなたを救ったこと……後悔は、していません。
本当に……幸せな十年、でした」


問い詰めようとする唇を、指でやんわりと塞がれる。


「ごめんなさい。
僕はもう……助からない」


言外に死ぬと伝えられ、言葉を失った。


「隠さず、お話します」


弱々しくイタチを抱き寄せて、耳元でぽつぽつと語り始める。
それはここ最近、急に頭角を現し始めた男に関することだった。
マフィア界を蹂躙し、最大規模だったボンゴレファミリーも壊滅に陥ったと。


「勝算はあったんですけどね……駄目でした。
幻術で無理やり傷を塞いでいますが……
じきに限界が来るでしょう」


「まだ諦めるな。ナルトの仙術ならあるいは……」


「守りたかった子達も……もう、いない。
僕はもう、助からなくて、いいんですよ」


「……その痛みも苦しみも理解できる。
いっそ命を絶ちたいと思う気持ちも」


親友の死を見届けた時、父母をこの手で殺害した時。
こんなにも酷い運命があるのかと絶望した。
生まれて来なければよかったのか、と苦悩したこともある。


サスケがいたから、闇を耐えられた。
那霧が引っ張ってくれたから、闇を抜け出せた。


「今度は俺が恩を返す番だ。
お前の剣にも盾にもなってやる」


「……律儀ですね。
あなたも死ぬかもしれませんよ?」


「お前を傷つけたやつを許すつもりはない。
死ぬとしても、一矢くらい報いてやるさ」


「……僕って、けっこう愛されてたんですね」


やっと那霧が笑んだ。
嬉しそうで、寂しそうな儚い笑顔だった。


「実は年々、この眼が衰えてましてね……
僕なりに原因を分析していたんですよ」


「なんだと?」


「写輪眼は徐々に力が開花していく。
ですが、この眼は最初から全ての能力を扱うことができる。
悲しみを経験するごとに、新たな力を獲得する写輪眼……
ならば、その逆ではないかとね」


「……つまり、憎しみが和らいだということか?」


「ええ。あなたから愛されて、僕は変わることができた。
それが力の低下を招いたようです。皮肉なものですね」


那霧が勝てなかったのは、そういった要因もあるのだろうか。
もっと早く相談してくれればと後悔が湧いてくる。


「深手を負ってから、あなたの命を繋ぐのもやっとの状態なんです」


「すぐにこっちに来い。
治療の手筈を整えて……」


「無駄です。遅かれ早かれ、この眼は使い物にならなくなる。
今度はあなたをも……見殺しにすることになる」


細い指先がイタチの左目に添えられる。
嫌な予感がして離れようとするが、金縛りにあったように身体が動かない。


「……あなたに残った力を託します。
無駄遣いしなければ、寿命が尽きるまで保つでしょう」


「……お前はどうなる?」


「このまま殺されるのを待つより、潔く自らの手で散りましょう。
運よく僕が生き残れたとしても、あなたを助けられないなら意味がない」


左目が焼けたように熱くて痛い。
逃れようにも、身体が言うことをきかない。


「あなただけでも、生きてください」


今度こそ、那霧はにっこりと笑った。
憎らしくも大好きだったあの顔で、イタチを強引に押し倒す。
突如、地面が沼のように緩んで身体が沈みそうになる。
なんとか動いた手で、那霧の腕を掴む。


「また、勝手な、ことを……!」


「あなたを生かすにあたって、懸念事項がある。
優しいあなたは、僕の仇討ちをしようとするでしょう」


ぐい、と身体を押されて、那霧と一緒に地面の下に沈む。
身体が落ちたと思った瞬間、今度は水の中にいた。
透き通った水は、天から降り注ぐ光できらきらと輝いていた。


「洗い流してしまいましょう」


水中でもはっきりと彼の声が聞こえてくる。
相変わらず滅茶苦茶な世界だ。


「僕のことを」


「まさか……」


「僕と過ごした日々を……僕の存在を……
あなたの記憶から、消します」


身体から大事なものが抜け落ちていく感覚。
はらはらと花びらが舞い落ちるように、少しずつ零れていく。


やめろ、とさえ叫べない。
五感を奪われ、ただただ水の底に沈んでいく。


「……愛してくれて、ありがとう。
またお会いしましょう」


最後には彼の名前もわからなくなって、視界が暗闇に閉ざされた。



―――――――――――――


その後、自分がどうして忍を引退しようとしていたことも思い出せず……。
結局、引退はやめにして、老年期に入るまで現役で任務に就いていた。


家の中には確かに誰かがいた痕跡がある。
二人分の食器、布団……箪笥には変わった意匠の服。
台所にはイタチが使わないだろう、様々な調理器具と調味料。
決め手は写真だった。たった数枚しか残っていないが、若い男がイタチと映っていた。


那霧という人物の記憶がないことを周囲から何度も指摘され、自分なりに悩んだ。
しかし、日々というものは無情で、悶々としていようがあっという間に季節は巡る。
平和な世の中で、退屈ながらも充足した毎日を過ごした。


ようやく身体が死を迎え、彼が最後にかけた呪縛が解けたというわけだった。


「おかえりなさい、とでも言いましょうか」


「……八つ裂きにされる覚悟はできているか」


「いやだな、怖いですよ」


さすがに何十年も経てば落ち着いたのか、那霧はすっかりいつもの調子だ。
おどけたように肩をすくめ、あの落ち着いた双眸でイタチを優しく見下ろす。


「……ただいま」


結局、殴れなかった。
彼の胸の中に倒れこむと、慰めるように背中をぽんぽんと撫でられる。
人生の中で何度か女性との縁談はあったが全て断ってきた。
明るくて穏やかで素晴らしい女性ばかりだったが、なんとなくしっくりこなかった。
縁談を断る度に、カカシを初めとした人々にやっぱりねと複雑そうに微笑まれた。


「あれから、色々あった」


「全部はさすがに見てませんけど……時々なら、ここから見守ってましたよ。
長い長い人生、お疲れ様でした」


「……本当によく生きたな。お前のせいだ」


「もうやり残したこともないでしょう」


「そうだな……後はお前を殴れば終わりだ」


「ふう……一発くらいなら受けてあげましょう」


死んだとはいえさすがに怖いのか、きゅっと目を閉じる。
そういえば出会った頃は、イタチが軽く手を挙げるだけでも過剰反応していた。
殴られて育った子だったから。


「……嘘だよ」


怒りと悲哀をこめて唇を重ねる。
那霧は目を開けて驚いた後、慈しむように目を細めた。


「……道連れにしてくれてもよかったんだ。
自分が死んだら俺も。そういう契約だったはずだ」


「十年経てば契約内容も変わりますよ」


「悪徳だな……お前のことは、もう一切信じない」


「あなたの敗因は、僕などを信じたことですよ。
僕は……悪いやつなんです」


にわかに地震が起きて、足元がぐらつく。
死後の世界でも天災は起きるのだろうか。
そんなことを考えていると、思いの他真剣な瞳で見つめられた。


「確認ですけど……本当に殴っておかなくていいですか?」


「……お前がそういう言い方をする時は、必ずなにか企んでいる時だな」


「いえ。もう実行した後ですので」


けろりとした清々しい顔で言い放つ。
経験上、こういう時は最悪なことが起こっていると考えていい。


「なにをした」


「考える時間は山ほどあったのでね。
僕なりにあなたへのプレゼントを考えたんです」


「いらない。余計なことをするな。
どうせろくなものじゃない」


「ははは。まあ、そう言わず」


地震がますます激しくなり、立っているのも危うくなる。


「……次は上手にやりなさい。
これまで得た経験と知識があれば、違う未来を選び取れるはず」


「次? どういう意味だ!?」


「……すぐに分かりますよ」


やっぱり殴っておこうか。殴ろう。
決心して拳を握ると、その前に彼の手が顔に近付いてきた。


「これで、さよならです」


こつ、と優しく額を小突かれる。
彼からされるのは初めてだった。
これは本格的に……まずいと思った。


「愛してました。だから、幸せになってください」


その言葉を最後に、視界が白く染め上げられた。


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