鳴門子世代

□仲直り
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公園での一件があった翌日。
僕はいつも通り、妹と登校した。
そう、なにも変わらない。


昨日、僕は死んでいたかもしれない。
あの時は本当に死ぬと思って、覚悟を決めたけど……。
冷静になると、命を落としかけたのは夢じゃないかと錯覚するくらい実感が薄かった。


病院での検査の結果、傷は完治しているが、失った血までは回復していないそうだ。
輸血するほどでもないが、激しい運動は控えるように言われていた。
しばらく修行は休んで、その分を読書の時間などに当てることになりそうだ。


そういえば以前、シカダイが自分の家に来るかと誘ってくれた。
代々優れた知識人を輩出してきた奈良家の蔵書は魅力的だ。
いつか行ってみたいと思ってたんだけど……。


「あ」


校門前でボルトとシカダイの二人に鉢合わせた。


「よっ、おはよ」


ボルトは変わらず、太陽のようににかっと笑う。


「おはよう」


「……おはよう」


僕達が挨拶をすると、シカダイは避けるように一人で校門を潜っていった。
ボルトが苦笑いを浮かべる。


「シカダイのやつ、まだ落ち込んでるみたいでよ」


「怒ってる?」


「いや、怒ってはいねぇよ。
お前に全部背負わせたって、後悔してるみたいでさ」


「妥当な配役だったと思うけどね。
シカダイもそれくらい分かってるはずだし……」


公園に残ったのがボルトだったら、見ているだけでは我慢できずに、どこかで手出しをしてきたはずだ。
結果、二人ともピンチに陥った可能性が高い。
それに、機動力ならシカダイよりもボルトの方が上だ。
だから、応援を呼びに行くのはボルトに頼んだ。
その判断に間違いはなかった、はずだ。


「まあ、知り合いが死にそうになってるの見たら、けっこうショックだってばさ」


「……それは、そうだね」


「早く仲直りしろってばさ」


「なんとかするよ」


ボルトはおうと頷いて、校舎に足を向けた。
僕も続こうとすると、黙って聞いていたムスビがちょんと服の裾を引っ張った。


「……シカ君と喧嘩したの?」


「喧嘩、なのかな?
意見の相違っていうか……食い違い?」


「……珍しい。シカ君、あんまり怒らないのに」


シカダイは僕以上の事なかれ主義だ。
諦観を持っているというか、面倒くさがりというか。
大抵のことは受け流すし、誰かが厄介事を起こす度に後始末している。
人間的に丸いというか、付き合いやすい子だった。


「……そのシカダイが怒るくらい、僕がやらかしたってことだよね」


「まだ仲良くなれるといいね」


「……ちなみにムスビって、サラダやチョウチョウと喧嘩したことある?」


「ない」


ですよね、と僕は項垂れた。
こんな風に友達と喧嘩したのは、生まれて初めてだった。





***





同じ教室だし、話しかける機会はいくらでもあるだろう。
当初はそんな風に思っていたが……。
シカダイにことごとく避けされて、もう放課後になってしまった。


彼はさっさと帰り支度をして、教室を出ていく。
無理に追いかけるのも躊躇われて、仕方なく僕も帰宅することにした。
ムスビは改めてサラダとチョウチョウと遊びに行くらしく、帰り道は一人だった。





玄関に入ると、見慣れぬ靴があった。
客人が来ているようだ。
リビングの方から、焼き菓子の匂いがしている。


「ただいま」


リビングに顔を出すと、そこにいたのは父さんとカラ、そしてハナビさんだった。
三人で談笑していたらしい。
テーブルの上には、クッキーと果物のかご盛りが置いてあった。


「お帰りなさい。お前も食べます?」


「クッキーは俺が焼いたんだよ。
こっちの果物は、ハナビさんが君のお見舞いにって」


「ナユタ、昨日は大変だったみたいじゃない。
遠慮なく食べて」


「ありがとうございます」


公園での一件は、ハナビさんの耳にも入ったらしい。
大振りのメロンやぶどう、一目でそれなりの代物だと分かる。


屈託なく笑いかけてくれるが、相手は日向のお姫様だ。
礼儀正しく頭を下げると、困ったように眉を下げた。


「そんなにかしこまらなくていいってば。
手始めに林檎でも食べる?
お姉ちゃんが剥いてあげる」


「お客さんにそんなことさせるわけには……」


「もうー、じれったいんだからー」


ハナビさんが抱き着いてきて、むぎゅむぎゅと腕に力を込める。
密着すれば、当然、その……柔らかいものが当たる。


「あ、あの、離れて……」


父さんとカラはけらけら笑っているだけだ。
四面楚歌とはこのことだろう。


「手、洗ってきます……!」


いそいそとハナビさんの腕から抜け出して、洗面所に駆け込んだ。



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