銀魂V

□宙ぶらりんご
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制服にコートのまんま、鞄も今朝使った傘も全部右手にぶら下げた格好。一つ違うところと言えば左手に持ってるビニール袋が存在を主張しているということだけだった。

急に冷え込んだかと思ったら、隣に住んでる幼馴染みがコロッと寝込んだ。学校帰りに親切にも見舞いの品片手に会いに行く俺を誰か褒めて欲しい。俺としては熱があろうが咳で辛かろうが、真冬の夜に歩いて帰宅するより数段マシだ。

中から聞き慣れたチャイムの音が響いてくる。俺ん家と土方さん家は住宅街に並ぶ似たような造りの家だ。だから自分家のとそこまで変わるはずはないのに、ここのチャイムはどこか掠れたように聞こえる。

「はーい、あら総ちゃん!こんな時間まで部活?十四郎なら部屋にいるから、どうぞ上がってって〜」

エプロン姿のまま出てきたおばさんが笑顔で迎え入れてくれる。この人当たりの良さを、なぜ息子はかけらも受け継がなかったのか。

「あっ、おばさん。包丁とお皿貸して下せぇ。」
「あら、林檎?わざわざありがとうね〜。まったく、あの子はどこで悪い菌もらってきたのかしら。こんな暗いなか、総ちゃん一人で学校から帰るなんて危ないじゃない、ねえ?」

花柄の綺麗な食器と果物ナイフ、それから爪楊枝を準備しながらおばさんが言う。

「さあ。腹出して寝てたとか、そんなんじゃないですかィ。うちのクラスではあの人が一番乗りなんで、インフルエンザ」
「あぁーもう、情けない…」

寝てたら起こしていいから、とおばさんの許可も得たので遠慮なくドアノブを回した。ノックは忘れた。

「うわっ!ちょ、総悟!?てめぇノックぐらいしろ!」

着替えようとしていたのか、パジャマのボタンが上から3つほど外されていた。構わずズカズカと入り込む。

「なんでィ、わざわざプリント届けに来てやったってのに。感謝の気持ちくらい示せねぇのか土方コノヤロー。」
「うっせ!だからってノックくら……ぐ、ごほっ、…ゲホっ、ゲホ!」

ベッドの傍まで行って、急に咳込みだした背中をさすってやる。どうやら本格的に風邪を引いてるらしい。天下のインフル様らしいしなあ。てっきり俺と顔合わせんのが嫌で、仮病でも使ってんのかと思ってた。

「あーあ、んな大声出すから。病人は病人らしく静かにしてなせェ。」
「…コホ、誰のせいだと……。」

漸くおさまった土方さんは、浅い息を繰り返しながらこちら睨み付けてくる。

「まあまあ。ちゃんと土産も持ってきてやりましたから。さあ食え。」
「てめぇが手に持ってるナイフは何のためにあんだよ!」
「あっ、そっか。忘れてた。」

もちろん忘れてなどおらず(わざとだったんだが)思いの外機嫌が悪そうだったから黙っておいた。けれど実際は、この人はこれくらいじゃ怒ったりしない。眉間のシワの理由なんかホントは分かってるけど分からないフリして、刺すような視線にも気づかないフリで手元の林檎にだけ集中する。

「今日の数学、どこまで進んだ?」
「アンタ、俺が数学なんか聞いてると思ってんの?」
「威張んなアホ。んじゃ、文系科目は?」
「日本史は室町の文化んトコまで。英語は自習。銀八の現国は、こないだのテスト返却で潰れやした。ハイ、82点。1点勝ったー。」
「何でてめぇが持ってんだっ!!銀八もテストなんか、本人以外に預けんじゃねぇ!」
「いーじゃねぇですかい、減るもんじゃなし。」

そうこうしている間に、手のなかの林檎も剥き終わった。我ながら綺麗にウサギ型になったと思う。

「んじゃ定番の…ハイ、あーん♪」
「普通に渡せっ!」
「せっかくの好意を無駄にするたぁ、相変わらず酷い人ですね。あーあ。このクソ寒い中わざわざ買ってきてやったのにー。」
「……有りがたく頂戴させて頂きます。おら、さっさと寄越せ!」
「おお怖。こんなのが何でモテんのか不思議だなァ。」

世の女共は騙されてる、と大袈裟に肩をすくめる。あからさまな舌打ちが聞こえたが知ったことじゃない。

「ほれ、口開けろィ。」

諦めたのか大人しくなった土方さんの口元にウサギを持っていく。あらら。顔真っ赤にしちゃって。

口いっぱいに林檎を含んだままでベッドの下に座ってる俺をジッと見下ろしてくるから、何だ、何か用かと聞いてやった。

「……お前、ちゃんと考えてんの」

いきなりの質問に面食らう。

「ハア。知ってます?人と会話するときには主語と目的語を…」
「っだから!一昨日の返事だよ!忘れたとは言わさねェからな!」

懲りない土方さんがまた怒鳴る。ほら咳込んだ。いくら物覚えの悪い俺だって、忘れる訳が無いのに。

一昨日は土曜日で、朝から市内の高校との練習試合だった。一通り片付けが終わる頃にはすっかり日が暮れてしまい、副部長なんて面倒な役職してる土方さんが鍵を返しに行って戻ってくるのを待っていた。

バス通学な近藤さんは乗り遅れると困るからって先に帰った。いつもの帰り道で、いつも通りの口喧嘩して、いつも通りにさよならする前にお前が好きだと告げられた。

「さぁて、風邪うつされたらヤだし帰ろっと〜」
「ちょっ、コラ待て!はぐらかすなよっ!……っ、総悟…!」

マフラーを巻く手を止めて振り返る。やっと呼んだか、臆病者め。この人が俺の名前を呼ばないのは何かに迷ってるとき。

「そーだ。も1つアンタに渡すモンがあるんだった」

そっとベッドの端に近づいて、ツイッと土方さんを見上げる。思いっきりふて腐れてますって顔に、そのまま伸び上がって―――


――チュッ

びっくりしたって丸わかりの土方さんの顔が笑えた。立ち上がって脱いでいたコートを着始める。そろそろ帰らないと本当に俺まで寝込むことになりかねない。

「『土方元気にするにはキスでもしてやんのが一番手っ取り早い。』」
「は、はあ!???」
「...って、銀八が言ってたんでさぁ。」

シレッと笑って、もう一度ウサギを口元にもっていく。今度は従順に口を開けたから満足だ。

「さっさと治して数学教えやがれ。じゃあな、土方」

放心状態でウサギを加えたままの間抜けな土方さんをおいて、そのまま扉を開け放し出て行った。

ずっとずっと秘めてた想い。まだ口に出してなんて言ってやらない。こんなになるまで待たせやがって。俺が欲しいなら、ちゃんと目を見て口説いてみせろ。半端な気持ちじゃ許さない。

明日からまたうるさくなりそうだ。テストも近いし委員会の仕事もあるし、何より土方さんがこのまま黙っているとは思えない。
冷たい夜風に吹かれながら、明日は何を見舞品に選んでやろうかと思案した。
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