初代×雲

□雲翳
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―――なぁ雲よ…お前には、この気持ちが分かるだろうか


遠くを見据え、大空を仰ぎ、想い描く

うん…今なら君の想いが痛いほど良く分かるよ……


ねぇ、あなたは今どこにいる…?






=== 雲翳 ===







カサ…

と、紙の擦れる音


「……」


窓から差し込む太陽の光だけで、すこし薄暗い部屋の中

その青年は机に向かい、資料に視線を向けていた

向かいの椅子はぽっかりとあいている

あまりにも静かなその室内には青年だけだった


「――――…」


普段なら、そこにあるはずの姿がない

それを感じて、少しだけ寂しそうに表情を翳らせた

と…


「入るぜ」

「……なんの用」

「んー、仕事持ってきたんだけど…まだ片付いてないのな」

「半分は終わってるよ、さっさと持っていけば」

「すげ…、この量半端ないと思ってたのになー」


資料を挟んだバインダーを両手で抱えるようにして持ってきた長身の青年が苦笑い

崩さないように、開いているその椅子の上に乗せる

少しだけ悲しそうな表情をした


「……ここ、座る人間を待ってるみたいなのな」

「事実でしょ…待ってるんだよ、この部屋で」

「はは、お前もそうだったな」

「……僕は、ここで待っていなければならないんだよ…彼を」


言って、どことも知れずに遠い目をする

長身の青年もどこか遠くへいるのであろうその人を待つ

いつ帰ってくるのかも分からない

もしかしたら、帰ってこないかもしれない

事実、彼は次の代に己の席を譲って行ってしまった

だが、誰も彼を追おうとはしなかったのだ

それはきっと、彼のことを思って―――…


「それでも僕は、彼を待つよ」

「おーおー、大変だな」

「もしかしたら、この身が滅んでも…きっとまた次の世で廻りあえると僕は思ってる」

「……なんか、すごいのな」

「それぐらい待つ気が無いと、これからやっていけないよ…それに僕はここから離れなれない」

「だよなー、やっぱり国王様は国を守るのが仕事だもんな」

「そういうのやめてくれない」


長身の青年が茶化すと一国の王であるのだという青年は気分を害したのか息を吐く

そしてやはり、彼を思うのだ


「―――さっさとその資料を置いて出ていきなよ…群れるのは嫌いなんだ」

「へいへい」


資料を置くと、扉に向かって歩く

しかし扉の前でぴたりと足を止めた

それを訝しく思って首を傾げた


「俺はそろそろ、この国を出るぜ」

「……そう」

「軍からさ、戻って来いって言われちまってなー」

「……まぁ、それもそうだろうね。代替わりしたんだ、君がいる意味ももう無い」


そっけないその一言に長身の青年は苦笑を漏らす

でも、それがこの青年の性分なのだということを知っているから…


「だな、それじゃぁ…またいつか逢えることを祈ってるぜ、雲」

「僕は気まぐれだからね、逢える確証はないけれど…まぁ、結構長い付き合いだったし、祈ってあげるよ、雨」

「はは、雲がなけりゃ、雨は降らないぜぇ」

「一人でどうにかしなよ」

「酷ぇーのな、…ま、それが雲だけど」

「もう行きなよ、僕はまだ仕事があるんだ」

「あぁ、じゃぁ…またな」

「……」


返事を聞かずに出て行ってしまう長身の男の背を見送ると、ペンを置く

椅子から立ち上がって、窓の方へ向かった

そして、あの言葉を思い出す


―――なぁ雲よ…お前には、この気持ちが分かるだろうか


それは1年ほど前の話であったか

今でも鮮明に思い出すことの出来るその情景

大空が、何処までも広がっている情景


『頂点に立つものとして、その下にいるもの達を一度全て自分の目で見て感じてみたいと思う』

『…そんなの、無理だってわかっているのに?』

『手厳しいな、確かに、全てを見ることは不可能だ…だが…』

『?』

『自分の目の届く場所ならば、不可能ではないはずだ』


意味深に呟いて、儚げに微笑んだ

その笑みが目に焼きついて離れない

きっとあの頃から決めていたのだろうと思う

彼がいなくなったのはとてもよく晴れて、大空が広がっている日だった

それはあまりにも突然で、誰もが困惑した

一番困惑したのはおそらく、彼の跡を継いだ2代目であろう

そして彼の守護者は皆、各々の意思で散り散りになった

青年は、そこから動くことはできない

一国を担うからこそ、いつ帰るとも知れない彼を待つことが出来る


「―――あぁ、そうか」


今なら、分かる

彼の気持ちが…


「狭いところにとどまっていたのでは、何も始まらない」


早々に引退して、残りの人生を楽しむのもまた一興

全てを見たいと、彼は言った

自分も、そう、思えた


「―――…今なら」


今なら、今だから…


君の本当の想いが分かった気がしたよ…――――




fin.
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