夢見がち草小説2
□みどりの舟を星の河へ
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若王子の目は、空を見ながらも、空より遙か遠くを見つめているようだ。普段から掴めない性格だが、今日は殊更掴めない。
「そうは思わない? お正月でもクリスマスでも、誕生日でもないのに」
誰かにとっては特別でも、誰かにとっては別に何でもない一日。七月七日という日も、そんな一日でしかないのに。
「それに、たった一日、その日にしか逢えないふたりに、どうして願いを叶えてもらおうとするのかな」
…どうしてだろう。
織女の星も、牽牛の星も、いつでも天に在って、天の川の両岸で輝いている。
天の星々からすれば、地上でごく一部の人間が、たった一日のためにざわめいているくらいのこと。
神話すら、遠い昔に生きた誰かの口が、手が紡ぎ出したお伽話でしかない。
でも、そのお伽話だって、ふたつ星の存在を知らせるために作られたものなら、この日に記す言葉は。
「…誰かに、自分のことを知ってもらいたいと思うから、…あの星たちにも、僕たちはここに生きて、こう思っているんだって伝えたいから」
いつもは上手く伝えられない気持ちも、恋人たちが天空で微笑む夜なら、素直に書き記せる。
「…先生は、自分のことを誰かに知ってもらいたいとは思いませんか?」
氷上の胸のなかを、笑顔がよぎる。日ごとに愛しさを増していく、あの笑顔。
「……氷上くんには、そんな誰かがいるんですか?」
「……。……はい」
歳相応の少年らしさを見せる頬。
「いつか、短冊ではなく、自分の声で直接伝えたいと思います」
「…うらやましいな。先生、短冊に『氷上くんみたいになれますように』って書こうかな」
…織女と牽牛の話のタネくらいにはなりますよ。若王子は冗談めかして笑ったが、目は何やら本気だ。
「…先生は、そのままでいいですよ。では、僕は帰ります」
「うん、また明日ね。気をつけて帰るんだよ」
特別ではないかも知れない。
でも、一年に一度、星が出逢う夜にかける願いなら、叶うかもと夢見てもいいかもしれない。
みどりの笹舟に乗せた色鮮やかな言葉の数々を見て、天上の恋人たちはどんな話をするのだろう。
「…叶うといいな」
夢見る瞳が、どんな星よりも輝くように。