夢見がち草小説2
□雨も星も輝くときに
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近づいて来た気配に、少しも気が付かなかった。聞き慣れた穏やかな声。
「若王子…せんせ…」
思いっきり鼻声が出てしまった。とりあえず、ハンカチで鼻のあたりを拭って、泣いていたのをごまかす。
「もう五時だよ。帰らなくていいのかな?」
「…今…帰ります」
ホントはまだ、外に出たくない。部活の終わった彼と鉢合わせるのは絶対イヤだ。でも、先生が来ちゃったし、教室は出なきゃいけないな。
「…これは、チョコレート?」
目ざとく机の上のチョコを見つけられた。先生くらい人気者なら、たくさんもらってると思うけど…とか考えてるうちに、先生はとんでもない行動に出た。
「………うん……これはおいしい」
苦くて仕方ないチョコレートをひとつつまんで、口に運んだ。
「うそ……苦いんですよ、そのチョコ!」
「そんなことはありませんよ?ちゃんと甘くて、丁寧につくられた感じがします」
先生の言葉が胸を突いた。…そんなこと言わないで。すごく苦いんだよ、それは。
「君が食べないなら、先生がもらっていいですか?それとも、好きな人へのプレゼントかな?」
そうよ。彼のためにつくったんだもの。自分や、まして、先生が食べるためにつくったんじゃない。…でも、いちばん渡したい人は、受け取ってくれなかったの。
「……大丈夫だよ。きっと誰も来ないから。君が嫌なら、先生、後ろ向いてます」
「?」
先生、何言ってるの…?
言葉の意味を飲み込めないままでいると、先生は手を伸ばして、わたしの頬っぺたに触った。
「…泣きたいときはね、気が済むまで泣いた方がいい。つらいときなら、なおさら我慢しないで。大人になれば、つらくて泣きたいときでも、ぐっと我慢しなくちゃいけないときだってあるんだから」
…今のうちだよ?
そう言って微笑む先生の柔らかさに、涙腺は一気に緩んだ。心にかかった雨雲が、大粒の雨を降らす。静かな夕暮れに、構わず声を撒き散らした。
先生は白衣の背中を向けて、黙って側にいてくれる。
失恋したからって、時間は止まるわけじゃない。夜の闇と冷気が押し迫ってくる。寒くなって、泣いてる途中にくしゃみが出た。
「どうぞ」