夢見がち草小説2

□みどりの舟を星の河へ
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 一年に一度、この夜。

 みどりの笹舟は煌めく流れに乗り、微笑むふたつ星のもとへ。

 たくさんの想いを文字にして、伝えよう。



 夕暮れ空は、赤みの強いオレンジとセルリアンが絶妙なグラデーションを醸し出している。

 夏は、夜に向かうまでがゆったりしている。その分、星が瞬く時間も少なくなるのだけれど。

 こんな空を見られるのも、夏ならでは、か。

 生徒会室の窓から、涼やかさを帯びた風が入って来る。それがまた、長めの夕暮れ時に心地良い。

「…さて、帰るか」

 ひとり残っていた氷上は、誰もいないのをいいことに、思い切り背伸びをした。

 書類を片付けて、窓を閉めて、机や椅子の整頓をして。慣れた様子で帰り支度を終えると、部屋に鍵をかけた。

 人気のない廊下も、今の時期は照明なしで歩けるからいい。各教室の戸締まりを確かめながら職員室に向かうのだが、

「…?」

 どこからか風が吹いてくる。何かはわからないが、緑の香りをはらんで。

 風がやってくる方に行ってみると、氷上のクラスの隣の教室だった。ドアからそっとのぞいてみると、開け放した窓の側に白い影。

「…若王子先生?」

 声をかけると振り向いた柔和な微笑み。

「や、氷上くん。今日も遅くまでお疲れ様です」

「はあ…お気遣い、ありがとうございます。先生はまだ帰らないのですか?」

「ああ、もうそんな時間?テスト問題の続きは、また明日かな……」

 問題を作るのも結構大変なんですよー、と今度は苦笑いをする。

 教師らしからぬ雰囲気を持つ若王子だが、それも生徒たちから好かれる一因か。

「氷上くん、見てください。ほら、『七夕』なんだって」

 若王子が示すのは、氷上の背丈に届くほどの笹の木。緑の香りはどうやらこの笹の香りであるようだ。飾られた色とりどりの切り紙細工や短冊が、葉の緑に映えてきれいだ。

「七夕…そうか、もうすぐですね」

「誰か持ってきたかわからないけど、何日か前からここにあるんですよ。そうしたら、クラスのみんなで飾り付けしていて」

 短冊には、たくさんの願いごとが書いてある。“テストで赤点じゃないように”“世界が平和になりますように”だの、努力次第では自力で何とかなりそうなことから、壮大なものまで様々だ。

「…晴れたら良いですね」

 氷上は星型の飾りを手にしながら、暮れ行く天を仰ぐ。

「牽牛と織女が逢えるように、ですか?」

 意外な返答に、氷上は言葉をつまらせた。若王子は微笑みを崩さずに、話を続ける。

「年に一度しか逢えないなんて、悲しい話ですけど。でも、星同士が近づくわけではないんだよね」

「それは、まあ…牽牛織女の物語も、中国から伝わった神話ですし」

「……願い事なんて、いつでも出来るのにね」
 
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