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□その瞳が映すもの
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――アイツの特別な位置には誰がくるんだろう?

 そう呟いたのは『みさか』と呼ばれていた少女。
 彼女ははぁ…と深い溜め息を吐き出しながら、コテンとテーブルに頭を乗せた。そのままジッとこちらを見詰める。

――ずっとアイツと一緒にいて……何を見てるの?

 人差し指でツンツンとつつかれ、時々コロンコロンと転がされる。
 彼女は悲しそうに顔をしかめては、返答を求めない呟きを繰り返す。

――アイツは…誰を見てるの?

 本当にそれを問い掛けたい相手は未だ戻らない。
 ワイワイと賑わう店内で、ここだけが異常に静かに感じられるのは気のせいではないだろう。彼女の小さな呟きがこんなにもハッキリと聞こえて来るのだから。

――その瞳は、何を映して………

「あれ? どうしたんだ、御坂? 疲れたか?」

 突然上から聞こえて来た声に、彼女はサッと手を引っ込めながらガバリと勢い良く起き上がった。
 心配そうに首を傾げる発言者に、慌てて手を顔の前でパタパタさせ、同時に首も横に振っている。

「な、なんでもないわよ?!」
「そっか?」
「そ、そうよ」

 ふいっと視線を逸らし、赤い頬を手で押さえながらホッと小さく安堵の息を吐く彼女。きっと先程の呟きが聞こえていなくて安心したんだろう。
 いつも彼女から『あんた』と呼ばれている少年は、そんな彼女に気付かないのか、席を立つ前に座っていたいた場所、彼女の向かい側に腰を下ろした。
 同時にこちらへ手を伸ばす。

「でもお前今、俺の携帯いじってなかったか?」
「い、いじってないわよっ!」
「ホントかぁ?」
「ホントよ!! 私はただ、ゲコ太が可愛いなって思って触ってただけ! アンタの携帯になんか…興味ないんだからっ!!」

 一瞬空いた間はなんなんだろう? なんて疑問、思うまでもない。本当はこの携帯の中にある情報が知りたくて仕方ないんだ。
 どんな人が登録されていて、どんなやり取りをしているのか。以前そう問い掛けられたことがあるから間違いない。

「そりゃぁ俺のオンボロ携帯なんかいじったってつまんないだろうけどさぁ〜」

 今は角度の関係で見えないが、きっと彼女の目は鋭くなったに違いない。彼が検討違いなことを言う度にそうなる。
 言い当てられると慌てて否定してしまうくせに。

「にしてもホント好きだなー? 何がいいんだ?」
「可愛いじゃない!」

 即答する彼女に彼は眉を潜め、納得のいかない表情でこちらを見る。
 その瞳は何度も見たことがあるもので、彼の言いたいことが良く分かったが、今この場で彼がそれを口にすることはないだろう。

「…………可愛いか?」
「可愛いわよ!! それにゲコ太は紳士なんだから!」
「紳士、ねぇ………それなら俺だって…」
「え? なにか言った?」
「いいえー、カエルが紳士でもなーって思っただけですよー」
「なんですって? どっかの節操なしより何十倍も素敵じゃない!」
「……一応聞くけど、それ誰のこと言ってます?」
「さ・あ・ね! ほら、そんなことより続きやるわよ! つ・づ・き!!」

 一休みの為に端に寄せていた本類を滑らせて中央に引き寄せた音と、バンッという小さな音が聞こえた。恐らく彼女が本を叩いて本来の目的を示したんだろう。

「これが終わんなきゃいつまで経っても帰れないわよ」
「そりゃぁ…そうですが……。なんか、悪いな」
「どうしたのよ、突然?」
「いや、付き合わせちまってさ」
「べ、別に…私がみてあげるって言ったんだし…」
「でも早く帰りたかったんだろ?」
「あ、そういうつもりじゃ……ただ、早く終わったら…その、か、買い物にでも付き合ってもらおうかと、思っただけで…」
「………」
「な、なによ。なんか文句でもあるわけ…?」
「あーいやー…、それってデートですか?」
「〜〜〜ッ!!!」
「なぁんてな。じゃぁ、とっとと片付けちまおうぜ!」
「ななななによ…途端やる気出しちゃって…」
「まぁ上条さんといたしましてもさっさと終わらせたいですからねー」

 先程までの瞳とは一転。ウキウキとした輝きを放つ彼は、手にしていた携帯を邪魔にならない程度の場所に置く。
 自然と投げ出された形になり、テーブルの上から二人を眺める。

「あ、もしかして!」

 ニヤリとした笑みを浮かべた彼女。きっと先程驚かされた仕返しをしようとか考えているのだろう。

「アンタが私とデ、デートしたいだけだったりして〜?」
「…ミコっちゃん」
「な、なに?」
「デートくらいどもらずに言おうな?」
「う、うるしゃいっ!!」

 真っ赤になってさっさと用意しろと怒る彼女。
 彼はそれを楽しそうに眺めながら返事を返す。
 毎度行われるこの掛け合いに、本人達は焦れったさで不満を感じているらしいが、嫌だというわけでもないらしい。
 だが、第三者から見れば……

「うしっ! ミコっちゃんの為にもさっさと終わらせますか!」
「わ、わたしのため……って! ミコっちゃん言うなっ!!」
「早速分からんので美琴センセーお願いします!」
「みっ!? し、しょうがないわねぇ〜」

 何をそんなに不満なのかと疑問に思う程。寧ろ羨まし過ぎて裁きが下るべきだとか色々叫んでいるのを良く聞く。
 無理もない、と思う。ここまで完璧に二人の世界を作り出しているのだから。
 今この場所に、彼が戻る前までの静けさは存在しない。が、やはり賑わう店内でここだけが違う空間のように感じてしまうのは決して気のせいではないだろう。
 と、不意に思い出す。心細気な彼女の声。

――その瞳は、何を映しているの?

 寂しそうな瞳でそう問い掛けてくる彼女は知らない。
 彼が自分をとても大事にしてくれていることを。

――お前はいいよなぁ…アイツに好かれてて…。

 そう呟く彼の瞳が、彼女と同じであることを。
 今笑顔で笑い合う二人は知らない。


  * end *


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