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□召しませ
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「できたわよ〜」

 明るい声がキッチンから聞こえてきて、上条当麻はいそいそとテーブルの上に広げられた教科書類を片付けた。
 タイミングを見計らってトレイに手料理を乗せた御坂美琴が姿を見せる。

「おっ待ってましたー! 今日はなんでせう?!」

 目をキラキラと輝かせてウズウズと待ちわびている姿はまるでお預けを食らった犬のようだ。実際美琴には、あるはずのないピンと張られた耳と千切れんばかりに左右に振られた尻尾が見えた気がした。

(か、かわいい……かもしんないっ!!)

 思わず動きが止まる。
 『動物愛好家!』というタスキをかけても良いくらい動物大好きな美琴だが、『電撃使い』は常に体から微弱の電磁波が出ており、動物達に嫌がられてしまうという難儀な体質をしている。だから、というわけではないが、目の前にいるのが例えむさ苦しい男子高校生であっても、可愛らしい犬に見えてしまえば撫で回したい衝動に駆られてしまう。
 だがそんなこと出来るはずがない。相手は『可愛らしい犬』ではなく『人間の男の子』なのだ。それも『上条当麻』であっては美琴の方が意識を保っていられなくなる。

「……くぅ〜、我慢よ。我慢するのよ御坂美琴!」
「あのぉ……」
「あああでもちょっとくらいなら…」
「みーさかさーん?」
「やっぱり触った感じは硬いのかしら? 意外と柔らかかったり?」
「おーい? 聞こえてますかぁー?」
「でもツンツンしてるしなぁ…」
「み! こ! とっ!!」
「にゃぃっ!?」

 中々戻ってこない美琴に空腹の上条は痺れを切らせ、大声で彼女の名前を呼んでみた。効果は抜群。
 ビクリと体を震わせ変な返事をしてしまった美琴は頬を赤らめ上条を見下ろす。そこには本当に『お預け』を食らって若干涙目になっている情けない男の姿。
 ちなみに、美琴は自分の脳内会議の模様を実況中継してしまっていたことに気付いていない。まぁ当然のように上条はその意味を理解していないので何の問題もないが。

「い、いま…今、なま……」
「上条さんはもう空腹で死んでしまいますっ!!」
「え? あ、ああ、ごめんごめん」

 言われて美琴はまだ自分がトレイを持ったまま突っ立っていたことを思い出した。
 早く早くと目で訴え掛ける上条に、もう一度名前で呼んでくれないかなーと期待の眼差しを向けていると「御坂さん?」と小首を傾げられてしまった。ガックリと肩を落とし、溜息を吐く。
 分かってた。世の中そんなに都合よくいかない。特にコイツに関しては。
 頭上に『?』を大量発生させている上条を一度睨み付け、このまますんなり要求を聞いてやるのも癪だと、ニッコリとした笑顔を浮かべ―――

「メニューを当てられたらご褒美にあげるわよ?」

 ―――なんて意地悪く言ってみた。
 途端に愕然とした表情を浮かべる上条。そろそろ涙腺決壊だろうか。

「そ、そんな!! 上条さんは……上条さんは……この瞬間の為だけに苦手な課題を頑張ったというのにぃっ!!」
「それはアンタの自業自得でしょ。やるのもアンタ自身の進級の為だし」
「あぅっ!」
「で、どうする? 分からないなら食べるの諦める?」
「なにをおっしゃいます御坂さん!!! この不肖上条当麻! 御坂さんのご飯の為ならばどんなことでもしてみせましょうぞ!!」

 空腹で少しおかしくなっている上条は真剣な顔でそう宣言すると「うーん…」と腕を組んで唸りだした。
 美琴は美琴で自分のご飯の為と言われて顔を真っ赤に染めて固まっている。まるで自分の為と言われた気分…と惚けているが、所詮気分は気分。上条はそんなこと一言も言っていない。
 危うくご都合主義に解釈してしまいそうになり、ブンブンと首を左右に振って気を取り直し、わざとらしいくらいに思いっきり上条を睨みつけながら、心内で紛らわしいのよ馬鹿と悪態をつく。が、無駄に真剣な上条がそれに気づくことはなかった。

「………確か冷蔵庫の中には豚バラと卵ともやしとキャベツと玉ねぎがあったはず。……肉野菜炒め?」
「ぶっぶー、はっずれー」
「そんな単純じゃないか。昨日特売で買った焼きそばも入ってたはずだけど、さっき炊飯器が炊けた音してたし……」
「ふふふ。さあて、なぁんでしょぉー?」
「あ、チャーハンとか!?」
「ざーんねんっ! それもはずれー」
「むぅ……じゃぁ………卵とじ丼!」
「おっしい! でもはーずれ♪」
「卵とじでおしいってことは……あ、分かった! ズバリオムライスだ!!」
「だいせーかい♪」

 「ジャーン!」と口で効果音を付けながらテーブルの上にトレイごと二つのオムライスを置く美琴。
 ふわふわでトロトロのキレイな黄色い卵が何とも美味しそうで、上条は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「おおっ! さすがは御坂センセー!! もう食べてもいいでせうか!?」
「まぁまぁちょっと待ちなさいって」

 今にもかぶりつかんばかりの上条を制し、美琴はケチャップを取り出した。

「あ! せっかくだからさ、アレやってくれよ」
「あれ?」
「ほら、オムライスにケチャップと言ったら…」
「ああ、絵を描けってこと?」

 子供の頃によく母がやってくれたなぁと懐かしんでいると、上条が「いやいや」と首を振った。

「それはそれでいいんですけど、そうじゃなくてですね。メイドさんがやってくれるというハート付きのあの言葉ですよ!」
「ハート付きのあの言葉…………ってもしかして……?」
「そう! 『大好き』ですよ!!」
「んなぁ!!?」

 まさに彼女の本音直球な単語に、再び顔を真っ赤にしてわなわな震える美琴。『わざとか? わざとなのかコイツ!? 実は全部分かってて言ってんのかあああッ!!?』と決して声には出せないが心の中で叫ぶ。

「つかなんでアンタはそんなこと知ってんのよ!? まさかやってもらったことある、とか?」

 勢い良く怒鳴りつけたわりには後半徐々に声が小さくなっていく。たとえそういうサービスだと分かっていてもなんか嫌だ。可愛いメイドさんがオムライスに書いた『大好き』を食べたのかと思うと……。

「貧乏学生にそんな余裕あるわけないじゃないですか。俺の友達がそんなこと言っててさ、一度やってもらいたいなぁーと思いまして」
「あ、そうなんだ」
「………ダメ?」
「うっ!」

 良く女性の上目遣いは反則だと言うけれど、男性の上目遣いだって受け手側の感情一つで反則だと思う。少なくとも美琴にとって上条のそれは反則だった。
 期待に満ちたその目にとても「嫌だ」なんて言えなくて、ここで断って別の誰かに頼まれるなんてのも嫌だ。
 …元より断るつもりなんか微塵もなかったが。

「し、しょうがないわねぇ〜、そこまで言うならこの美琴センセーがやってあげないこともないわよ?」
「マジで!?」
「そそ、そうね、アンタがどーしてもって言うんなら…」
「ぜひともお願いします!!」

 一応『渋々了承』という態度で『どーしても』を強調してみたが、気にも止めない上条はガバリと勢い良く土下座をする。
 そんな上条の反応に『どんだけやってもらいたかったのよ? それとも私だから書いてほしい、とか…………ってないないない!』と妄想しかける美琴。
 突然頭上から「あはは…」と乾いた笑いが聞こえ、顔を上げると美琴が頬を染めながら「ないない!」と手を左右に振っていた。
 何がないんだろうと首を傾げるが、話の流れ的にオムライスのことしか思い付かない。そっか、やっぱり嫌だよなぁ…と、上条は表情を曇らせる。元々ダメ元で言うだけ言ってみようと軽い気持ちで頼んだこと。無理強いして嫌な思いをさせるわけにもいかないし、潔く諦めるかと口を開こうとした時。

「じゃ、じゃあ書いてあげるわね」
「え?」
「え?」

 間抜けな表情でお互い顔を見合わせる。

「書いて、くれるんですか?」
「さっきそう言わなかった?」
「いや、なんかその後挙動不審だったから嫌なのかと…」
「嫌だなんて一言も言ってないじゃない」

 「まぁそうなんですが」と言いながらも納得いかないのか、眉間に皺を寄せる上条。

「な、なによ。私が書くんじゃ…嫌、なの?」
「ッ!? ぜ、全然嫌じゃないです!!」
「ほ、ほんと…?」
「本当! 本当ですからっ!!(だからそんな潤んだ目でこっちを見ないでくださいっ!!)」

 不安からか、俯き加減で上条を見てしまい、声も自信無さ気に小さい美琴。
 『普段勝気な女の子の弱々しい姿というのは非常にクるものがあるんですがぁ!!?』と僅かに頬を赤らめながら心の中で叫ぶ上条。

「じゃ、じゃぁ…よ、よろしくお願いします」
「うん♪」

 冷静になれと何度も繰り返して一度自身を落ち着かせ、今度は控え目に頼んでみる。すると、予想外にも弾んだ声と笑顔が返って来た。
 なんだ、渋々みたいな態度だったけど意外とノリノリじゃんと、彼女が実はお子様趣味なことを思い出す。『だからこういうのもホントは好きなのかー、でもきっと言葉が言葉だから抵抗あって挙動不審になったんだな。うんうん』なんて微妙にズレた納得をして自己解決させる上条。

(御坂は気が強いけど意外と照れ屋さんだからなぁ。上条さんも付き合いが長くなって来て漸く気付きましたよ)

 と肝心なことには何一つ気付いてくれない鈍感男は、ケチャップを両手で持ち、真剣な眼差しでオムライスを凝視しながら空中をなぞっている美琴を眺めた。書く言葉が言葉だからか、顔を赤くさせながらも要望に応えようとしてくれている姿に何だか胸が暖かくなる。と同時に、将来良いお母さんになりそうだなーとボンヤリ思った。

「よ、よぉし、いくわよー…」

 気合を入れていざ! と意気込む美琴に思わず吹き出しそうになる。何もそこまで真剣にならなくてもとツッコミたくなったが、言ったらきっと中断してしまうだろうし、何よりとっても可愛らしく見えたので上条はグッと堪えた。ついでに笑いが漏れそうだったので両手で口を塞いでおく。
 何でも卒なくこなすという印象の強い美琴が、オムライスの文字書きに緊張の表情を見せるのも意外だが、ホントどんなことにも一生懸命になるんだなぁと感心している上条は、その本当の理由にはやはり気付かない。


 
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