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□ビー玉越しの世界
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キラキラと光を浴びて輝く玉。
薄い青色をしたガラスの塊。

「キレイ……」

幼い頃は宝物のように大事に大事にしていて、次第に一つ、また一つとどこかへ行ってしまった。
なくしたのかもしれないし、仕舞い込んだだけなのかもしれない。
もしかしたら母が取っているのかもしれない。

「なんだか懐かしいわね」

昔の記憶を手繰り寄せてみたけれど、やっぱり行方を思い出すことは出来なくて。
でも不思議と気持ちはポカポカとしてくる。
宝箱に大事に仕舞う小さな自分が微笑ましくて、それを見守る母の眼差しが暖かくて、全てが心地良い。

「いいもの貰っちゃったかも」

以前仲良くなった小学生の女の子に感謝しながら、何気なく目の高さまで持ち上げて、そっと中を覗き込んでみる。
青色のレンズを通して見える向こう側の世界はみんな逆さま。
地面も空も、建物も人も。
原理は知ってるはずなのに、みんなみんな逆さまで……

「……なんか」

気持ちまで逆さまになるかもしれない。
なんて、とある人物が頭に思い浮かんでしまう。
いつもだったらここで首を横に振ってそのイメージを追い払うのに、今はそうしようと思わない。
ただ何となく、このレンズ越しだったら…、このフィルターを通した逆さまな世界の私だったら…、という考えが頭を過ぎって。
情けないと思いつつ、臆病で一歩踏み出せない自分でも『もしかしたら』…が離れない。

「素直になれないこっちの私と、素直になれるあっちの私」

ガラス玉は鏡じゃない。
鏡じゃないから向こう側の世界の私は映さない。
なら……

「私をスルーするのがこっちのアイツ。でも向こうのアイツは私をスルーしたりしない」

こっちで興味を示してくれないなら、向こうで興味を持ってもらえばいい。
そんな馬鹿みたいなことはありえないし、向こう側の世界なんて存在しない。
それでも、やっぱり青色のフィルター越しにアイツの姿が見えたような気がして、向こうのアイツなら私を受け入れてくれるような気がして。
キラキラと輝いて見える世界に錯覚を起こした。

「…私、アンタが好き。当麻と一緒に…同じ世界を見ていたい」

素直になれない私の口から出た言葉は、とっても素直な本音。
向こう側とこっち側が逆転した、なんてちょっとおかしく思っていると、向こう側にいるアイツが口元を手で覆い隠し、顔を逸した。
そっちのアンタまで私をスルーすんのかって思ったけど、こっちとあっちが逆転したなら今向こう側にいるアイツは私をスルーして当然。
じゃぁ今こっちのアイツは私をスルーしないかもしれないと、ご都合主義なことを考えながら、この逆転効果はいつまで続くんだろうと思った。
アイツがここを通るまで続いていたら………言えるかもしれない。
そして、アイツもきっとこう言ってくれる。

「お、俺も……御坂が好きだ。俺でよければ一緒に、同じ世界を見たい…」
「え?」

思い描いてたセリフと実際に聞こえて来たセリフがちょっと違くて……いや、その前に実際聞こえて来るわけがない!
慌てて手を下ろして視界と思考を現実のものに戻す。
と、目の前には顔を赤らめ、照れくさそうにする男子高校生が一人。
紛れもない、上条当麻がそこにいた。

「う…そ…」
「う、嘘じゃねぇよ。いつの間にか好きになってたみたいで…」
「あ、違う違う! そうじゃなくて、なんでアンタが目の前にってことに驚いただけで、アンタが私を好きな、こ、と…を……?」
「?」
「ええええええ!!??」

突然叫びだした私を困惑の表情でアイツは見てるけど、これが叫ばずにいられるか!!
だ、だって、ああアイツが…あの超鈍感スルー男が、わ、わた、私をす、すすす好きって……言った!?

「嘘でしょっ?!」
「だから嘘じゃねえって」
「嘘! 絶対嘘よ!! だ、だって、そんなことあるわけ……」
「…んじゃお前のはどうなんだよ?」
「お前の…ッ!?」

そそそそそうだった!!
わ、私もコイツのことす、好きって言って……そ、そしたらコイツも…………ふにゅ……。

「どわぁ!! で、電気! 漏電してるぞ御坂!!」
「ふぇ?」

ポンと頭の上に何かが乗る感触がして、我に返ったら視界は白一色だった。

「ふぅ〜……」
「あ、あ、あ、あ……」
「落ち着け。とりあえず落ち着け御坂。はい、深呼吸!」

吸ってー、吐いてー、という掛け声に合わせて深呼吸を繰り返す。
何とか落ち着きは取り戻して来たけど…この至近距離で冷静になれって方が不可能だと思うんだけど?!
……でもそれが言えない自分がやっぱり情けない。
だって嬉しいんだもん、しょうがないじゃない。

「落ち着いたか?」
「う、うん…」

どもりながら何とか相槌を打って、けれども顔は上げられない。
真っ赤な顔を見られたくないし、何より距離が気になっちゃうから。

「なら確認するけど……その、さっきの言葉…嘘じゃないよな…?」

自信なさ気な声にハッとする。
コイツも私と同じなんだ。
突然の出来事に全然実感沸かなくて、でも嬉しくて、だからこそ不安で。
現実のはずなのに夢のようで、信じたいのに信じられない。

「あ…そ、れは……」

嘘じゃない、そう断言したいのに…素直になれない私は、その一言が口に出せない。
どうしよう…、このままじゃ嘘になっちゃう……。
言いたい言葉は分かってるのに、音に出来ない自分に苛立つ。
その苛立ちで思わずギュッと拳を握ると、掌に違和感を感じた。
そっと開いた隙間から見えるのはガラスで出来た小さな玉。
こっちの世界とあっちの世界を逆転させてくれた魔法の宝石。

「もしかしなくても…上条さん、勘違い…しちゃいました?」

思いもしない言葉に驚いて顔を上げると、悲しそうな笑顔を見せるアイツがいて…。
その顔が痛々しくて、申し訳なくて、思わず視界が滲んだ。

「うそ、じゃ…ない…」

自然と口をついて出た言葉は途切れ途切れだったけど、それでも私の素直な言葉。
このガラス玉にもらった、ありったけの勇気。
だからお願い……信じて!

「私は……アンタが、好き、なの…」

言葉にした恥ずかしさより、言えたことの喜びが勝る。
言ってしまった不安より、安心した表情を見せるコイツに幸福感が勝る。

「ただ…アンタに言ったつもりがなくて、なのに返事があって、アンタも…好きだって言ってくれて……何が何だか分からなくなっちゃって……だから…その……」
「うん、そっか……そっか」
「あ、あの…」
「じゃぁ勘違いじゃないんだよな」

コクリと頷いて、滲んで見えてた視界が更に歪んで。
なんだか心がフワフワするようなムズムズするような、落ち着かなくなって。
堪らずに目の前の幸せに抱きついた。

「みっ!!?」
「ちょっと…ちょっとだけ、だから…」

ビー玉越しの逆さまな世界じゃない、この世界で手に入れた等身大の幸せ。
まさかこんなことになるとは思ってなかったけど、あの時、この手の中の小さなキッカケがなければきっと言えなかった。

「今度はなくさないわ」

私の宝物。



―――fin.


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