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□遅れた想い
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「あ、来た来た」

 白井の能力『空間移動』により、何の疲労もなく先に到着していた美琴は、壊れかけの自動販売機前でこちらに向かって走って来る相手に向かって大きく手を振った。
 汗だくになりながら美琴の目の前まで辿り着いたその人物は、ぜぇぜぇと肩で息をし、涙目で彼女に何かを訴え掛ける。声は出ないらしいが、その表情から言いたいことは痛い程に良く分かった。

「お、お疲れ〜。大変だったわねー…なんて?」
「ぜぇ…おま…ぜぇ…み、みす…ぜぇ…おか、で…」
「はいはい、何言ってんだか全然分かんないわよ。これでも飲んでちょっと落ち着きなさいって」

 必死に言葉を紡ごうとする上条を軽くあしらって、美琴は手にしていた缶のプルタブをカシュッと開けて手渡す。差し出されたそれを受け取ると、上条はグイッと一気に流し込んだ。『ヤシの実サイダー』と書かれた缶のラベルを確認することなく。

「うぐっ!? ゲホゲホゲホッ!!!」
「あーもう、慌てて呷るから」

 呆れ顔に呆れ口調。けれども自動販売機に立て掛けていた鞄の中からゲコ太印のハンドタオルを取り出して上条に押し付け、「大丈夫?」と彼の背中を優しく摩る美琴。

「それ使っていいから口元拭きなさい。学ランの裾で拭ったらベタベタになるわよ」

 「ついでに額の汗も。いくら今日が暖かいからって、そのままだと風邪引きそうだし」と世話を焼いてくれる彼女の優しさに感謝する。が、汗をかく原因を作ったのも、炭酸寄越したのもコイツなんだよな…とも思う上条の心境は何とも複雑だ。
 そもそもどうして息切れしている相手に炭酸なんだろうか、これも上条当麻の不幸が成せる業なんだろうかとそこまで考えて、

「はぁ、はぁ…はぁぁぁ〜……不幸だ…」
「今のはアンタの不注意でしょ。炭酸なんか一気飲みするからそうなんのよ」

 上条が落ち着いたのを見て、彼の正面に戻った美琴が本当に馬鹿ねと言いたげな顔をした。
 対して、分かってたんなら寄越さないでくださいよと思わず文句が出掛かった上条だが、何とか飲み込んだ。彼女は良かれと思ってジュースを手渡してくれたのだ。何故『ヤシの実サイダー』にしたのかは分からないが…、彼女の好み? それとも自販機蹴って貢献させた結果? と借りたタオルで汗を拭いながら首を傾げるも、どちらにしろそこに他意はない。はずだ。……多分。どこぞの悪友達じゃあるまいし。
 それに、なんたってここは学園都市。まともな飲み物なんか売ってるはずがないんだ! と自分に言い聞かせようとして、そういやそうだったと納得してしまった。
 ならば彼女の好意を踏みにじることは言っちゃいけないと上条は美琴に感謝の言葉を―――

「ってか! お前らが俺を見捨てて行くからこんな目に遭ったんですけどね!!」

 ―――言う前にやはり文句を言った。
 反射的に反論しようと美琴も口を開くが、置いていったことは事実だ。

「それは…! わ、悪かったわよ…」
「あの後一人取り残された俺がどんな視線に晒されたか…。あちこちから『変質者』だの『ストーカー』だの聞こえてくるし…、『風紀委員』やら『警備員』なんて不穏な単語まで聞こえて…」
「うっ! だ、だって仕方ないじゃない。あの場合一緒にいる方が目立つし…ああするしか…」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。どうせ俺なんかどうにでもなっちまえって思ったんでしょうともよ」
「そ、そんなこと一言も言ってないじゃない?! もー本当に悪かったってば!」
「いいんですいいんです。どうせ上条さんはいつもこうなんです。こうしてあらぬ誤解を受け続ける運命なのです……」
「だから悪かったって言ってるでしょ?! 大体アンタがあんな所にいるからいけないんじゃない! 何してたのよっ?!」

 上条のウジウジっ振りに美琴はついつい火が付いてしまい、その勢いのまま何気にずっと気になっていたことを口にした。
 まさか上条が自分のことを待っていたとは思いもしない。

「何って、待ってただけなんだが…」
「待ってたあ? じゃぁずっとあそこにいたわけ?」
「どっかの誰かさんが中々出て来きませんでしたからねー」
「はぁー…やっぱアンタはアンタなのね…」
「……どういう意味でせう?」

 どうせフラグを立てた誰かを待っていたんだろう、さっきそんなこと呟いてたしと推測を確信に変えた美琴に、盛大な溜息と共にジト目で見られ、上条は眉を顰める。
 意味が分からない。が、そういや良くそんなことを言われるような…とか考えていると、またも溜息が聞こえて来た。

「さぁね。それよりアンタ、こんな所に来ちゃって良かったわけ?」
「へ? 良いも何も白井が……ってそういや白井は?」

 辺りを見回してみても、上条をここへ呼び付けた張本人である白井黒子の姿が見当たらない。今の今まで気付かなかったというのも失礼な話だが、それどころではなかったのだ。
 幸い、美琴もその発言を気にした素振りを見せず「ああ」と頷いてから風紀委員で招集をかけられたことを説明してくれた。
 本来それは白井が美琴に内緒で上条のことを調べる為の嘘だったのだが、その事実を知らない彼女に今更なくなったとも言えず、二人で話をさせる絶好のチャンスと、そのまま嘘をつき通して席を外すことにしたのだ。
 納得の意を表した上条に「まぁアンタに聞きたいことは色々あるんだけど」と不機嫌そうな少し低めの声音で告げ、

「結局アンタは誰を待ってたのよ? わざわざ学舎の園まで会いに行くなんて大事な用事だったんじゃないの?」

 新たに浮上した不安と疑問。だがそれ以上に彼の邪魔をしてしまった心配から「今から戻ってももう帰っちゃってるかなー?」と頭を掻く美琴に、今度は上条が溜息を吐いた。

「いえいえ、お気遣いは結構ですよ、お嬢様。もう目的は達成しましたので」
「は? 達成? んじゃ用事済んでんのにあそこでブラブラしてたわけ?」
「そうではなくてですねー」
「じゃあ何なのよ? ま、まさかアンタ……出てくる女の子達に手当たり次第フラグ立ててたんじゃ……」
「んなわきゃあるかっ!! つか、お前までそれかよっ!?? 何なんだよ一体…いい加減勘弁してくれよ…」

 一歩引いて怪訝な顔をする美琴に、上条は叫びながら心底うんざりといった表情を浮かべて「どいつもこいつもフラグフラグフラグって俺がいつフラグ立てたっつーんだよ大体上条さんは不幸なんだぞ立てても駄フラグに決まって―――」と屈み込んでブツブツ呟き出した。
 その様子に余程言われてるんだなーと少し同情し、同時にどんだけ乱立してんのよと苛立った。おまけに、ここまで気付かないのって本当にわざとじゃないのよねという疑惑と感心も混じっている。

「だああああ! もうッッ!!」

 一度思いっきり叫んで気が済んだのか、立ち上がり手にしていたジュースを飲み干す。自動販売機の横に設置された空き缶入れにそれを放ると、スッと姿勢を正して上条は美琴を正面から見据えた。
 突然向けられたその真剣な表情に美琴の鼓動は高鳴り、途端、全身が強張る。
 この時、上条が無意識に美琴のゲコ太タオルを後ろポケットに突っ込んだことにも気付ない程。

「こんなんじゃいつまで経ってもラチが明かねえから本題に入るぞ」
「ほ、本題って…! アンタが巻き込まれてた事件のことね」

 横道に逸れ過ぎて危うく忘れそうになってしまったが、美琴はそれを聞く為にこの場所で上条を待っていたのだ。
 まだ待ち伏せ相手のことが気になりはしたものの、美琴は聞く体制を取る。
 その顔付きがあまりにも真剣なものだったので、上条は「まぁ事件ってほど大袈裟なもんでもなかったんだけど…」と前置きしてみたが、美琴はその言葉を聞かなかったことにした。全て聞き出した後に判断すれば良いと。
 彼女の表情からそれを感じ取った上条は、仕方なく説明を始める。

 
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