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□気持ちの行方
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 まだまだ冷え込んだ日々が続く二月の上旬。
 本受験を間近に控える学生も多い中、それでも蔑ろに出来ない、いや、するわけにはいかないイベントが一つ。

 ――――そう、バレンタイン。

 中には「そんなお菓子会社の陰謀なんかなくなっちまえば良いのにー!」と心底願う者もいるかもしれないが、避けて通れないのは圧倒的に支持率が高いからだろう。特に、恋に恋してしまうお年頃な学生達が集うこの学園都市ならば尚更。
 それに結局のところ、そのような事はもらう事を諦めきれない男子学生達が叫ぶテンプレート化された台詞なのだ。虚しい行為だと分かっていながらも叫ばずにはいられない悲しい性。
 が…、希にあげる側に当たる女子学生でもその言葉を使用する事がある。

「だあああああああっ!! な・ん・で! そんなくっだらないイベントがあんのよ!!」

 いわゆる五本指のお嬢様学校に通う常盤台中学二年生、御坂美琴がその一人。
 『常盤台のエース』や『超電磁砲』などの二つ名を持つ彼女は、『低能力者』から『超能力者』まで努力一つで上り詰めたという、学園都市中の憧れの的。その為、学校内では学年関係なしに『お姉様』やら『御坂様』やらと慕われ、バレンタインには大量のチョコを“もらう側”となってしまうのだ。しかも笑顔で流せるレベルではない、どう見ても「本気です!」と言わんばかりの本命チョコも多数混じっている。
 だが、その事自体は苦笑しか出来ない事柄であったとしても、好意そのものは嬉しいものであり、彼女達の気持ちに答えられずとも、お返しはきっちりとしている。そこに嫌だという要素は一つもない。ただ困るだけ。

「こんな…たかがイベント! 製菓業界の戦略に翻弄される必要なんてないじゃない…!?」

 唸り声と共に頭を抱える美琴。忌々しげに目前まで迫ったイベントに悪態をつくその姿はとてもお嬢様には見えない。
 結局“たかがイベント”と言いつつも“然れどイベント”なのだ。簡単にスルー出来るはずがない。

「あんなものがなければ……。そうよ。こんなイベント、みんながみんな乗ってくると思ってんなら…、その幻想をぶち壊すっ!!」

 勢い良く顔を上げて至極真面目な表情で、どこかのヒーローのキメゼリフを真似て叫ぶ電撃姫。
 自分で言っておいてやや頬を赤らめるのは、その台詞が恥ずかしかったからだと言い訳しておこう。うん。断じてそのヒーローの姿が思い浮かんだからじゃない。
 美琴はわたわたと両手を振り回し、目の前の何かを霧散させると、はぁ…と溜息を吐き出した。目下頭を占めているのは甘くも苦くもあるまさにチョコレートの様なイベントのこと。
 もう一度言うが、決して先に述べた理由でその日を疎んでいるわけではない。

「もーーーっ! なんでこの私がアイツのことでこんなに悩まなきゃいけないのよ!? 今度会ったら超電磁砲をお見舞いしてやんなきゃ気が済まないわっ!!」

 何やら物騒なことを口走りながらうがーっと叫ぶ姿は『風紀委員』に通報されても文句は言えないかもしれない。だがここは常盤台中学学生寮の自室。周囲に人もいなければ、盗聴・盗撮をされている様子もない。寧ろ、そんなものが仕掛けてあったとしたらそちらの方がお縄もんだ。

「あぅぅ…たかだかチョコ一つで…頭痛くなってきた…」

 そして、これこそが彼女が頭を抱えている原因。
 たった今、理不尽な理由から命の危機に立たされる羽目となったアイツこと上条当麻に、チョコを贈ろうかどうしようかということなのだ。発言は恐ろしいが、ネタを明かせば実に可愛く乙女らしい悩みである。
 当然。と言うべきか、出来れば募り募ったこの想いと共に贈りたいと美琴は思っている。だが素直になれない彼女としては、そんな恥ずかしいこと出来るはずがない。
 でも彼を狙うライバルが多いことを彼女は知っている。鈍感な彼は普段から向けられている好意に気付かず「彼女欲しい」発言をしているのだ。この機に本気となった誰かにコロッと落とされるかもしれない。
 それは嫌だ。
 けど仮に告白出来たとして今のポジションを失うことになったら…。そう考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。

「やっとここまでこれたんだもんね…」

 彼の隣にいることが不自然ではないくらいには、彼から声を掛けてもらえるくらいには、笑顔を向けてもらえるくらいには、それくらいには仲良くなれたと思ってる。もっと言ってしまえば、友人の中でも特別な方かも。そう自惚れても良いくらいには、努力したつもりだ。
 だからこそ現状を壊してしまいそうなアクションは起こしたくない。否、起こせない。
 けれどもこのまま傍観者を決め込めば取り返しのつかない、惨めな“不戦敗”という結果になってしまうかもしれない。
 戦わずして負けたくはない。が、参戦する勇気もない。
 美琴の思考はぐるぐると同じことばかりを考える。

「どうしよう、どうしたらいいのよ……………てかっなんで私がこんな頭を悩ませなきゃなんないのよっ!!」

 発している言葉は否定的で、同じ内容ばかりを繰り返しているが、目の前の机には既にチョコレートの材料が置かれていたりする。
 もうこの時点でチョコを作るのはほぼ確定なのだが、本人はまだ「これは黒子と初春さんと佐天さんの分よっ!」と主張することだろう。ここで、それにしては材料が多いですねと突っ込むことも可能だが、そうすれば彼女はきっと挙げられるだけの友人の名前を挙げてくるに違いない。もちろん、ツンツン頭の高校生以外の。
 どうにも見ている分には必死で可愛らしくもあるのだが、ここまでくると可哀相になってきてしまう。『ツンデレ』とは何とも損な性分である。

「うぅ……なんで私が…。ていうかたかがチョコ渡すだけじゃない! いつも世話になってるしどうせアンタはもらえないだろうからくれてやるわ! って気軽に渡しちゃえば良いのよ!!」

 「そうよ、そうだわ!」と突破口を見付けた美琴。先程までは如何に“本命チョコ”を渡すかという点で一歩踏み出せなかったが、“義理チョコ”であるのなら問題ない。と思うことにしたらしい。
 既に彼女の頭の中には“バレンタインに参戦する”という事柄だけが残り、“なぜ参戦するのか”という一番重要な部分が抜けてしまっているようだ。

「そうと決まればさっそく―――」

 美琴が机の上のビニール袋に手を掛けたその時。ガチャリという扉を開く音が背後から聞こえた。
 それは間違うことなく自室の扉が開いた音であり、放課後のこの時間帯にこの扉を開くのはルームメイトか寮監しかいないはず。どちらであっても面倒なことにしかならない気がすると、美琴は恐る恐る振り返った。

「ただいまですの」

 入って来たのは案の定ルームメイトであり、やたら自分を敬愛していて何かと口煩い後輩であり、美琴の一番の相棒である白井黒子だった。
 美琴はしまったと、もっと早く行動に移さなかった自分を呪った。
 ちょっととは言い難い変態要素を含んだ愛情を常日頃から美琴に送っている彼女のこと。こんなチョコの材料やら本やらが入った袋を見られてしまったら何を言われるか分かったもんじゃない。だからと言って、自分は彼女のように『空間移動』の能力者ではないから「袋をどこかに!」など瞬間的に隠すことも不可能だ。
 指摘されたらどう言い訳しようと考える美琴の頭には、作る作らないで葛藤していた間は「友人達に作るのよ!」と即断言出来たであろう言葉が、今は「アイツに義理を作ってやる!」思考に切り替わった為、出てこない。
 だがここは取り敢えず。

「お、おかえり〜黒子。今日は早かったのねぇ?」

 入口付近にいる白井から少しでも見えないように机の上の物を自身の身体で隠し、白々しくも聞こえる調子で挨拶と質問をした。
 その様子に一度首を傾げるものの、白井は全く気に止めない。大方、新作のゲコ太グッズを買ってきたか『類人猿』のことでも考えていたのだろうと。つまりはいつものことなのだ。

「昨夜仕上げた報告書をうっかり忘れてしまって…。取りに戻っただけですので、これからまた支部に向かいますの」
「あ、そ、そうなんだ! 大変ねぇ、風紀委員も」
「ええ。でも今はまだマシな方ですの。問題はこれから、ですのよ…」
「どうして?」
「イベントの前というのは準備期間で大人しいんですが、終了後となると浮かれまくった馬鹿共が風紀を乱し、ヤケになった馬鹿共が騒動を起こすんですわ」
「あー…なるほど」
「それを取り締まるこっちの身にもなりやがれ! ですの」

 フンッと腕組をして不機嫌さを露わにする白井。が、その姿勢は一分と持たずにニヤニヤとした笑みに変わる。

「と・こ・ろ・で、おねぇさまぁ〜? その後ろに隠している物はなんですのぉ〜?」

 突如、背筋がゾクリとする甘えた声を発して美琴の正面まで空間移動して来た白井。思わず美琴は「ひっ!」と空気を飲み込んでしまう。

「こ、ここここれは、その、えぇっと……」
「ふふ、ふふふ。やっぱりそうですのねお姉様! 黒子は…黒子は……」

 
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