小説

□自己防衛
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「…?なんすか、これ?」
「俺のホテルの部屋の鍵だ、お前に渡しておこうと思ってな」
「いや、それはそうなんすけど…なんで俺に渡そうと?」
「その…恥ずかしい話、俺は仕事に没頭してると周りが見えなくなるんでな。自由に出入りしてもらったほうが俺にも都合がいい」
「はあ…なるほど」
「ほかの連中にも伝えておいてくれ。俺のところに来るときに困らないようにな」
「ういっす!」

仗助は最初こそ淡い期待を抱いたものだったが、まあ案の定仗助の思いとは関係ない意図によって一回り年上の甥である承太郎から合鍵を渡された。
それが数日前のことである。

「ま、承太郎さんは必要なことしかしないってことくらい分かってたけどよぉー」

仗助は肩を落とし溜め息をついた。
承太郎に親戚以上の思いを自覚し始めたのはいつごろだったか。本当に気付けば、といった感じであったうえに仗助はそれを恋心だと認めるべきなのか悩んでいた。
別に承太郎を性的な目で見ているわけではない。最初は本当に純粋なあこがれだったと思う。やがて彼のことを知りたいと思うようになった。
やるべきことはしっかりやるが、やらなくていいことはとことんやっていないように見える彼は一体何をして日々を過ごし、何を思って生きているのか仗助には皆目見当もつかなかった。
だがこれを唯の知的好奇心というにはあまりにも深く、いっぽうで恋心だというにはやや重すぎる。
だから、仗助は別段この想いを告げる気はなかった。告げるもなにも告げるべき感情すらわかっていないのだから仗助の判断は何もおかしくないのだが。

「それでも…これを利用しない手はないっすよねぇー」

鍵を指で回しながら、階段を上る。
承太郎の私生活を見ることは、小さな願望だったので願ったり叶ったりだ。仗助はこれといった用は無かったけれど承太郎の部屋を訪れることにした。
何か尋ねられたらなんて言い訳をしようか程度のことを考えながらまずは扉をノックする。
返事はなかった。

(誇張表現でなく、本当に全く聞こえてねーのか?)

半分呆れと感心が混ざったような表情で仗助は早速鍵を使った。扉はもちろん開いた。
部屋の方は明かりがついているのが見えたのでどうやら留守というわけではなさそうだ。

「…?」

だが、何かがおかしいことに気づく。
その違和感がなんなのか引っかかって仗助は足を止めた。そこでやっと違和感の招待に気付く。
廊下から見えるはずのデスクに承太郎がいないのだ。
仕事をしているというのなら必然的に扉を開けたら彼の姿が目に入るはずである。
しかし、デスクには明かりがついているものの肝心の本人はいない。まるでさっきまでそこにいたように見えるのに。

(もしや、何かあったんだろうか)

仗助は息を殺しながら廊下を一歩、二歩と足を進めた。
そして今度こそ完璧な棒立ちを喰らう羽目になる。

「…!!?……!?…!!?!!!?」

最初に聞こえてきたのは承太郎の荒い息遣いだった。
まさか自慰でもしてるのかと焦ったが、現実は仗助が想像していたものよりも斜め上をいっていた。
そろりと、居間の方を覗き見る。

(なんで…、承太郎さん、が)

承太郎は彼自身のスタンドである、あのスタープラチナに襲われていた。

(いやいやいやいやいや待て待て俺ェ!落ち着くんだ、素数を数えろ…あれ、何か違うよーな)

いくら何でも予想外すぎる展開に仗助はまさにフリーズした。
何をどうしたらこんな展開になるんだ。

「ん…んぅ……っ…は…ぁ……アァッ…ハ!」

高度なひとり遊び、というわけでもなかった。現に承太郎は耐えるようにスタープラチナから愛撫を受けている。
確かにスタープラチナは自意識を持つタイプのスタンドだと以前承太郎から聞いたことはあったが別に自立型ではなかったはずだ。

「ひ…ィ!ぁ……ア!」

目の前の現実を理解する前に、承太郎が果てる。
さすが精密な動きをするスタープラチナなだけあって、承太郎の衣服が汚れるような真似はせず、隙間なくその無骨な手でそれをすくい取りティッシュにくるんで屑籠へと放った。

「も…、充分だろ……いい加減にしろ…」

そのあいだに承太郎は呼吸を整える。
するとスタープラチナは表情を変えることもなく、まるで何事もなかったかのように、疲れ果てた承太郎の衣服の着くずれを直した。

「……そんなに落ち込むくらいなら、最初からやらないでくれないか…」

消えるかと思いきや、スタープラチナは承太郎とほんの少しだけ離れた位置で体育座りのような懺悔のポーズをとっている。
承太郎は、溜め息をつきながら自身のスタンドに語りかけた。
するとスタープラチナは承太郎の方でなくデスクの近くの床に目線を向けた。
ついと承太郎はその視線を追うようにスタープラチナの眺めているものを視界に入れた。仗助も必然的にそちらを向く。
そこに落ちていたのは果物を切る小さなナイフだった。

「…悪かった、申し訳ないと思ってる」

仗助から見たらなんのことか全くわからない。あのナイフがなんだというのだろうか。

「もうしばらくは…大丈夫だ。しばらくは、大丈夫。自殺を企んだりなんかしねーから…そんな顔すんな」

その台詞とともにスタープラチナは承太郎の頬にそっと手を触れさせ、承太郎の顔を覗き込む。

「大丈夫…」

承太郎は、スタープラチナに語りかけるというよりは自身に言い聞かせるようにそう呟いた。腕組みをしているのではなく、崩れそうな自分を抱きしめるようにして。
スタープラチナの表情は相変わらず読めない。

と、いきなりスタープラチナがすごい勢いで振り返った。
スタープラチナの表情が表すものが今度はよくわかる。これは警戒と威嚇の表情だ、敵襲か何かかと承太郎もそちらを向くとばっちし仗助と目が合ってしまった。

「……え…あ、あの、…」
「………やれやれだぜ」

バツが悪そうに承太郎は帽子のつばをつまんだ。

「…いたのか」
「あの、ほんっとスミマセン!!見る気はなかったんっす」
「まあ別に…かまわねーが」
「ほんとスンマセンっす!!(かまわないってそれはそれですごいな!?)」

自分の自慢であるはずのヘアースタイルが崩れるのも厭わず仗助はその場に土下座をした。承太郎はやれやれといった風に腕をかざす。
それに応えてスタープラチナが動いた。
殴られる、と仗助が身をすくめると意外にもスタープラチナは思い切り仗助を抱き締めてきた。

「!?え…!?あのっ…」
「すごいだろ、そいつ…スタンドのくせにまるで体温があるみたいに人肌ぬくいんだ」
「へ」

言われてみれば、確かにスタープラチナは硬い物質のような風貌をしている割に温かい。よく考えたらおかしいことだった。
スタンドはむしろ、人間に触れられないことだってあるビジョンだというのにそれが人間のように温かいなんて。自分の見た目通り温度を持たないクレイジーダイヤモンドとは全く違う。これは異常だ、いくら人間臭いスタンドでも。
スタープラチナに抱きかかえられた仗助はそのまま承太郎の横へと座らされた。

「見られたんなら、しょうがない。…嫌だったら別にいいが、話しておくか?」
「え…なにをっすか…?」
「ン、いや…まあ、なんでこうなったのか、か?」

なんで疑問形なんだ、ということは言わずに仗助は首をゆっくりと縦に降った。
冷やかしではない、承太郎の目があまりにも此処を見ていなかったからだ。
本当に、今ここで話を聞かずに帰ったらそれこそ死んでしまいそうなほど承太郎の目には生気が宿っていなかった。
どうして承太郎がこんな目をするのか、仗助は知らない。
きっとそれは承太郎の過去に関係してるのだろうと漠然には理解していたけれどそれを訊く気には絶対になれなかった。
訊きたいのを我慢しているのではない、本当に訊きたいと思えなかった。
知りたいと思ったことはあっても訊きたいとは、一度も。
許されない気持ちが無意識のうちにあったのだろう、しかし、今は承太郎の方から話そうとしてくれている。
だからここで話を聞かないのは、承太郎の心を折る行動でしかないように思えた。

「まずはここからだな」

そう言って承太郎はコートの袖を捲り、自身の手首を仗助へと見せた。

「…!?これ……!」
「ああ、俗に言うリストカット…だぜ」

傷跡はたった一つだったが、しかし深く抉られたことが容易に想像できる大きな切り傷がその手首には刻まれていた。

「実は、自分でもよく覚えてないんだが…」

そう自嘲気味に承太郎は笑った。彼によると、その傷が刻まれたのは高校生の頃丁度DIOとの決着がついて間もなくだという事だ。何事もなかったかのように平和な日常を、ただ淡々と過ごしていた筈だった。

「自室だったか…気づいたら目の前が真っ赤になってて……母親を泣かしちまってた気がする」
「……」

ジョセフにも何か言われたような気がするが、承太郎は覚えていなかった。そのころの記憶というのが、夢を見ていたときのように曖昧なのだ。
本当に突発的な事故のような事件だった。承太郎も何故こんな事をしたのかどころか自分がこんな事をしたのだろうか、程度の認識しかなかった。反対側の手に握られた真っ赤な工作用鋏が何よりも真実を物語っていたのだが、それでも承太郎には自覚が無かった。

「まあ、…一番怒ってたのがこいつだったってことだけはよく覚えてる」

その言葉に反応してか、スタープラチナは承太郎を後ろから抱きしめた。小さな子供をあやしているようにも見える。承太郎も微笑みながらそれを受け入れた。
そんな2人(?)の姿を見て、仗助は羨ましいような寂しいような何とも言えない気分になりながら相槌を打った。

「元々スタンドは自分の深層心理という…俺の生存本能を発揮してくれてるだけなんだろうがな」

言い終わらないうちに、スタープラチナは承太郎の首筋に噛み付いた。一瞬顔をこわばらせ、承太郎は悪かったよ、とスタープラチナに小さく謝罪した。
どうやら、スタープラチナは仗助が思っているよりもずっと自意識のしっかりしたスタンドなのかもしれないと仗助は今までの認識を改めた。

***

流れていく血を見て、これは何だろうと本気で思った。
痛みも考えも痺れて何かがどうにかなりそうだった。

「もう、こんなことはするんじゃない…分かったな承太郎…!」

じじいが何かを言っている、返事をしたほうが良いんだろうが生憎言葉の理解が出来なかった。手首に巻かれた包帯に小さな染みが浮き上がっている。
驚くほど頭が冷め、客観的に自分がリスカをしたのだと理解したのが半日以上経ってからだった。
そして自覚すると同時に、目の前にスタープラチナが現れた。今まで何度も見てきた自分の分身だが、今日の表情はなんだか俺のことを責めているように見えた。

「…どうした?」
「……」

スタープラチナは包帯を無骨な指で撫でた。ほんのりとしかし鋭い痛みが走った。

「……」

気まずい雰囲気がその場に漂う。自分の分身だというのにおかしな話だ。
もう寝ようと思い俺はスタープラチナを引っ込めた。

引っ込めたはずだった。

「…?え、スタープラチナ…?」

消えるどころか、自分の方へ迫ってくる彼に初めて恐怖を覚える。そういえば、最初の頃もそうだった。喧嘩になると、抑えようとするのに精一杯でしかし止められなかった。その時のように、スタープラチナの制御が効かない。
自我があるとでもいうように、スタープラチナは俺へと近づき床へと押し付けてきた。スタンドの力は凄まじく、俺一人でどうこうできる代物じゃない。

「なにを…っん…!?」

目の前の存在が理解できず叫ぼうとした瞬間、唇をふさがれた。
熱い。いちスタンドであるはずのスタープラチナの口内はほとんど人間と同じだった。
どうしてこんな事をされているのか全然わからない、だが不思議と不快ではなかった。
とうとう呼吸に限界がくるとスタープラチナは口を放すと同時に消えた。

「っは、…なん、で……?」

答えは返ってこなかった。

それからだ。
たまにだが発作的にそして突発的に俺が自殺をしようとして、スタープラチナがそれを必ず寸前で止めてから俺を襲うようになったのは。

***

「……取り返しがつかなくなるのを、どうにかして止めようとしてくれてるんだろうが…どうにかならないものか」

承太郎が話し終わり、仗助は顔を上げた。緑がかった深い瞳は相変わらず沈んでいる。
光の差さない深海のようだ、と仗助は感じた。

「じゃあ、スタープラチナは承太郎さんに生きてほしくてそんなことをしてるんすねェー」
「ン、そういうことに…なるのか…」
「でももう大丈夫っすよー、心配しなくても」
「?」

仗助はにかっとスタープラチナ、承太郎の両方に向けて笑顔を向けた。

「俺がいるっすから!」

その満面の笑みに対し、きょとんと呆然とした表情を2人(?)は浮かべる。

「承太郎さん、完璧すぎてどうしようとか思ってたっスけど、ちゃんと弱さとか人間らしさとか持ってるんすね。安心したっつーかなんつーか…」
「…前置きはいい」
「俺が、自殺しようなんて思わなくなる位承太郎さんの近くにいればいいじゃないすか!しかもクレイジーダイヤモンドがいればすぐに直せるっスよアイタッ!?」
「……」

言い終わると同時にスタープラチナは軽く仗助をはたいて消えた。

「え、怒らせちまいました?」
「…すまねぇ、いや…怒ってたらこんなもんじゃぁねー…ぜ。拗ねたらしい」
「拗ねた…!?」

随分子供っぽいところもあるものだと仗助は呆れた。

「そもそも…10年間直らねえ癖を直すってのか?」
「してやるっすよー!」

承太郎は、即答した仗助にやれやれだぜとため息をついた。再び帽子のつばを直しながら、さらに呟いた。表情は見えない。

「一回り以上年下のくせによく言うぜ…」
「なっ!こう見えても俺は承太郎さんの叔父っすよぉ〜!?今になおしてやるっすよ!」
「…期待してるぜ」

スタープラチナだけが、主人の頬に透明な液体が伝っていることを知っていた。

***

「ちなみになんすけど、実際問題スタープラチナとはどこまでヤったんすか?」
「ばっ…!///……そんなん、聞いてどうすんだ」
「いや、これからの参考にまで」
「えっ」
「あっ」

「表出ろガキがオラ」
「「!!?」」

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