短編・荒北

□気づかないふり
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私には好きな人がいる。

それを、私の隣座っているヤツ、荒北靖友は知っている。

けど、誰が好きかは知らない。

荒北とは、結構話すほうだ。仲もいい方だと思う。お昼一緒に食べるくらいだし。

まぁ、だからこそ、私が片想いなんてことをしているのをコイツは知っているのだけれども。


「なァ」


お昼休み、校舎裏で一緒にお弁当を食べていたところ(荒北は買い弁)、荒北が唐突に口を開いた。


「なに?」


私は荒北のほうを見ることなく、お弁当をつまみながら返事をした。


「お前ェの好きなヤツって、どんなヤツなんだヨ」


意外な質問に、お箸でつまんでいたウインナーがお弁当の中にぽろりと落ちた。


「・・・なんでそんなこと聞くのさ」


私は、またウインナーをつまみ、素早く口の中へと頬った。


「別にィ。ただ、なんとなく気になっただけ」


その言葉に、私は視線を半分くらいに減ったお弁当箱へと落としながら言葉を返した。


「そうだなー、野蛮。口が悪い。元ヤン。んでもって、そいつは好きなヤツがいるらしい」


私の好きなヤツに、好きなヤツがいるというのは、東堂情報。

私にそれを口走り、何故か焦ったように取り繕って去って行った。

ふと、顔を上げて荒北の方を見ると、荒北は意味が分からないといったように額に眉を寄せていた。


「そんなヤツのドコがいーんだヨ」


荒北は溜息を吐き、大口を開けてパンを齧った。


「ほんと、ドコがいーんだろうね」


私も溜息を吐く。


「・・・ンなヤツよりもさ」


荒北の纏う空気が変わった。


「俺にしといたほうがいーんじゃナイ?」


口調はいつもと変わらず、でも、真剣な顔で、荒北は私をじっと見つめてきながら言った。


「じゃ、そーしとくかな」


荒北は、気づいてないようなふりをして、私の気持ちにとっくに気づいてた。

私も、気づいてないようなふりをして、荒北の気持ちにとっくに気づいてた。

カラン、と音がして、私の手からお箸が落ちた。

あーあ、洗わなきゃいけないじゃん。

そんな事を考える間もなく、私の視界は荒北でいっぱいになった。

ファーストキスはレモン味。アレは嘘だ。



 

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