長編・金木犀

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「な、なんで泣くっショ!?」


気の利いた言葉なんか出てこない。元々そういうのは苦手なんだ。

目の前で泣く好きな女の姿に、俺の頭は真っ白になった。


「ご、ごめ・・・っ」


名無しさんさんは、必死に涙を止めようとしてごしごしと目元をこする。


「んな、こすったら腫れるっショ」


俺は、名無しさんさんの両腕を掴んだ。


「わ、わたしのこと、嫌いに、なった?」


しゃくりあげながら紡がれるその言葉に、俺の心臓を鈍器で殴られたような鈍い痛みが走った。

俺の、せいで泣いている・・・。


「違うっショ!!」


俺は、いつの間にか大きな声を上げていた。

びっくりして、名無しさんさんが顔を上げる。

真っ赤な目に涙をたくさん溜めて、俺を見上げてくる。


「悪い、俺は、名無しさんさんのこと、避けてた・・・」


名無しさんさんは何も言わない。

俺の次の言葉を急かそうとしない。

だから、俺はだんだんと頭が冷静になっていくのを感じた。


「この間、自販機の近くで、名無しさんさん、告白されてたっショ?」


俺がそう言うと、名無しさんさんは顔を真っ赤にした。


「み、見て・・・!?」

「悪い。飲み物買おうと思って、自販機に行ったら、偶然」


名無しさんさんは恥ずかしさで涙も引っ込んだのか、目線を下に落としてあちこちへと泳がせていた。

俺は、もう無理に目をこすることもないだろうと思い、そっと名無しさんさんの腕を離した。


「で、そのとき、サ」


俺が続けると、名無しさんさんは目を泳がせるのを止め、そっと俺を見上げてきた。


「好きなヤツがいるって、そう、答えてた、ショ?」


名無しさんさんが息を呑む。


「だから、俺なんかといたら、そいつに勘違いされる、っショ」




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